JRA日本中央競馬会特別振興資金助成事業 障がい者乗用馬ならびに在来馬の生産法確立事業

研究事業の背景

障がい者乗馬とは?

心身に障がいがある方が馬に乗る活動全般。心身に障がいを持つ人のためのリハビリテーションとして、100年ほど前にイギリスで始まる。

障がい者乗馬普及の問題点

体高130-140cmの障がい者乗馬に適したおとなしい性格の馬が不足している。
国内でアイルランド原産のコネマラポニー(写真)等の生産はほとんど実施されておらず、安全に実施可能な乗馬の資源確保が非常に難しい。
コネマラポニー

日本在来馬の保護

国内に8種登録されている在来馬は、国や地方自治体により保護活動がなされているものの、飼養頭数が減少している。
在来馬頭数は1800頭と年々減少、北海道和種は1200頭




事業の目的

(1)事業の必要性・緊急性

 国内には約74,000頭の馬の飼養、登録がされているが、その中の小格馬と在来馬の割合は、全体のわずか3%程度(約2,400頭)に過ぎない(平成27度農林水産省馬関係資料)。また、体高130-140cmの乗用に適した性格のおとなしい馬を生産するために、雄雌の交配を計画的に実施する生産計画や、あるいはおとなしい優秀な馬とされる品種であるコネマラポニー(写真)等の生産はほとんど実施されておらず、安全に実施可能な乗馬の資源確保が非常に難しい状況にある。一方、国内に8種類いる在来馬は、国や地方自治体により天然記念物に指定されて保護活動が盛んに行われているものの、平成6年の3,400頭から平成26年には1,817頭まで飼養頭数が減少している。希少な日本在来馬の生産頭数の改善、解決のため、公益財団法人日本馬事協会や公益財団法人馬事文化財団等、様々な団体が保存に対する事業を実施しているが、生産頭数の増加には至っておらず、観光およびその他新しい利活用の拡大・発展、そして何よりも生産性の向上が希求されている。
 近年普及されつつある、リーダーおよび両サイドの3名のサポートにより障がい者が安全に騎乗するために実施する乗馬(障がい者乗馬)を安全確実に実施するためには、コネマラポニー等、障がい者乗馬の用途に適した馬が有用であるものの、その用途に適した馬資源が著しく不足している状況にあり、乗用馬の価格は高騰している。したがって、障がい者乗用馬ならびに希少な日本在来馬の生産頭数の激減は、社会福祉の向上や生物多様性保全の促進を目指す我が国において憂慮すべき喫緊の課題となっている。
繁殖検査の様子 馬は季節繁殖性を有し、かつ妊娠期間が11ヶ月と長く、また、1分娩に1頭の子馬を出産するため、牛や豚などの家畜と比較すると極めて生産効率の低い家畜である。現状の生産方法への改善の限界を考えると、その問題を解決する手段として、生殖補助技術を利用することが最も効果的と考えられる。すなわち、馬精液の採取、冷蔵希釈、冷蔵輸送を用いた人工授精により、国内全地域において2日以内で配達が可能であることや、胚移植により別の雌馬の子宮に移植することにより、他の馬に分娩させることができる。また、発情周期は3週間であることから、複数回の胚移植を実施することにより、1年に複数頭生産することが可能となる。しかしながら、サラブレッド生産国となっている我が国の現状では、生殖補助技術の使用がまったく許されていないサラブレッド生産界からの技術伝達は難しい状況にある。
 このような背景から、馬の生産管理学および生殖補助技術に精通した獣医畜産系の大学組織が中心となってただちに小格馬、在来馬の効率的生産に関する研究事業に着手する必要がある。本研究事業は、生殖補助技術による障がい者乗馬に適した馬の生産法の確立ならびに在来馬の繁殖効率の向上を目指すものである。

(2)国の施策との関連性

1)現在農林水産省や国が実施している施策に対する本研究開発事業の目的、目標

 農業の体質強化と高付加価値化;様々な農畜産産業への経営強化および付加価値の高い畜産物の促進が実施されている。一方、小格馬に価値を見出し、その効率的な生産を目指した事業は見当たらない。本研究事業では、極めて付加価値の高い特用家畜、馬の効率的な生産により、動物を介した福祉の向上に資する。
 生物多様性の確保;生物多様性の条約、基本法、国家戦略が策定、改定される中で、地域における人と自然、動物の関係を見直し、構築することが提言されている。在来馬においては絶滅が危惧される品種も存在する中、家畜の生殖補助技術の積極的利用により、将来的な日本在来馬の保護ならびに生物多様性の確保に資する。
 一億総活躍社会の実現;日本政府が進める一億総活躍社会の実現において、若者の積極的関与による活躍の場の創出が謳われている。障がい者のみならず、いじめや発達障がい、不登校児童など、社会の中で平等に生活する基盤づくりとして、人と馬の関係を重視し、優秀な性質を持つ小格馬の生産育成、利用を促進するとともに、社会に貢献し、活躍できる畜産教育分野からの人材を育成することを目標とする。
 障がいを理由とする差別の解消;生命科学、農畜産系大学が、農畜産分野において、馬を利活用することにより健常者と障がい者が平等に暮らすノーマライゼーションを実現する上で馬を介した社会貢献をするためのモデルを構築する。

2)畜産振興に関わる国の計画や諸施策等における当該事業の位置付けや役割分担

 十勝地方は、元来国内有数の馬の生産育成に適した地域であり、帯広畜産大学は、1941年にその前身である帯広高等獣医学校として設立された。戦後、時代の変遷とともに、馬の用途は縮小したものの、馬の存在を見なおすことが提言され、馬を活用した教育研究の充実、馬を介した地域社会・福祉への貢献、国際的に比肩した馬学教育の向上を主たる目的とし、本学畜産フィールド科学センター内の組織として2014年に馬介在活動室が設置された。
 「馬のいるまち帯広」をひとつのキーワードに、帯広市が目指す地域活性のモデルとして本学の社会貢献室および馬介在活動室が中心となって、障がい者乗馬を年に10-14回実施している。これらの事業には、障がい者が潤いのある生活を送ることができるように、本学の学生が参画して地域社会に貢献することを目的に実施されており、帯広市および地域社会からの評価が高く、しばしば地元のメディア、新聞に紹介されている。これにより、家畜のいる風景の創出、少子化対策に対する促進的な効果等が期待されている。
 一方、本学のみならず、全国各地の障がい者乗馬実施機関において、障がい者乗馬に適した馬の購入やその後の調教が大変難しい状況にある。その理由の根本には、近年の馬の購買価格の高騰に加え、障がい者乗馬に適した優秀な馬を生産する研究開発や体制が整っていないことが挙げられる。研究事業が軽種馬生産とは異なる生殖補助技術を利用するため、サラブレッド生産分野からの技術譲渡が不可能な研究領域である。
 したがって、本研究開発事業が小格馬の生産効率の向上ならびに社会に貢献する馬の利活用の促進に大きな役割を果たすものと考えられる。

(3)新規性・先導性

 本研究開発事業は、乗用の用途を継続しながら他の雌馬の子宮を借りて小格馬を生産するものである。欧米の馬術競技馬生産ではすでに実施されている生殖補助技術であるが、障がい者乗馬に適した性格のおとなしい、体高130-140cm程度の馬を対象に、畜産研究分野の成果を社会福祉に広く貢献することを目的として実施された背景は皆無であり、新規性の高い研究開発事業であるものと考えらえる。馬の胚移植は、1972年に世界で初めて小栗らによって成功した、日本にルーツを持つ技術であるが、人工授精や胚移植により生産が許されていない軽種馬登録規定が禍となり、本邦において発展が途絶えている生産医療技術と言っても過言ではない。本事業を新たに障がい者乗用馬の効率的生産法の出発点として位置づけることにより、生産効率の低い馬の増産、とくに胚移植の最大の利点を生かし、ニーズの高い馬を効率的に生産することが実現可能と考えられる。社会福祉に貢献する特用家畜を効率的に生産する技術を確立することが可能であり、新規性が高い。
ブルーライトマスク装着の様子 また、本研究開発の最大の特徴は、障がい者乗馬等の用途を実施する過程で人工授精による受精と、およそその6日後に胚を子宮洗浄により回収するため、用途を変更することなく、レシピエントの子宮内で胚の発育が継続され、育種学的に保証された優秀な子馬を生産できること、さらには上記の子馬を1年に複数頭生産可能であることが挙げられる。さらに、得られた胚をガラス化凍結技術により半永久的に凍結保存し、必要な時期にレシピエントに移植することも海外では報告されている。したがって、本研究開発事業は、付加価値の高い馬の生産、および希少な在来馬の保全、など、現在大きな問題となっている生産性が低い馬の生産効率改善方法として画期的な手法確立の礎となるものであり、極めて先導性の高い研究事業であると考えられる。
 申請者は、平成5年より同26年まで日本中央競馬会に所属し、馬の生殖内分泌学に関する研究、および競走馬の生産地における繁殖管理上の諸問題の解決に向けた調査研究を実施し、馬の生産地にその方法を普及してきた。繁殖牝馬の飼養管理や季節繁殖性の理解、客観的診断に基づいた生産管理などの改善が、生産性を左右する重要な要素であることは言うまでもない。本研究開発事業においても、単に生殖補助技術を実験室内で実施するものではなく、健康な馬を衛生的な環境において飼養し、研究開発を進めることが必要である。したがって、業務責任者および事業実施分野担当者の協力を得ながら本研究開発事業について先導性をもって推進することが期待される。