問題
前事業において、長野県の天然記念物に指定されている希少な木曽馬の受精卵を採取し、同日に空路にて北海道へ室温で輸送、レシピエントの北海道和種馬に移植し、希少な日本在来種馬である木曽馬をドナーとした受精卵移植による子馬の生産に成功した。木曽馬の中でも妊娠が困難な腰痿の雌馬から複数の受精卵を回収できた意義は極めて大きい。当該研究では受精卵の室温遠隔輸送による希少日本在来種馬の生産法を確立することができたことから、空路を利用した日本を縦断するような長距離輸送をも可能にすると考えられ、今後の技術の普及定着が期待される。
同様に前事業において画期的な開発となった成果が、受精卵の凍結保存技術の確立である。受精卵の凍結保存前に、レーザー穿孔技術を用いることにより、22個の受精卵の凍結保存を実施し、うち15個を融解後にレシピエント(代理母馬)に移植し、4頭の生産および2頭の妊娠(受精卵移植成功率40%)の成果を得た。一般に直径0.3mm以上の馬受精卵の凍結保存は受精卵移植成功率が0-36%と低いことが報告されている。これに対して、本事業で成功した受精卵凍結保存技術は、海外の凍結受精卵移植研究を上回る成果となった。加えて、カプセル穿孔後の弊害となる、カプセルからの栄養膜細胞の脱出する現象は全く見られず、レーザー穿孔技術が最小の侵襲により効率的に内部自由水の脱出を促したものと考えられた。馬受精卵の凍結保存技術の確立は、希少な馬の受精卵の半永久的保存を可能にする技術である。この技術がより安定的に実施可能となり、かつ一定時間(10時間)の輸送の後に凍結保存が可能となれば、帯広畜産大学や他の研究機関において、馬の受精卵の保存が可能となり、随時移植可能な凍結保存を可能とするものと解される。
一方、残された問題として、ウマでは、従来の体外受精方法は困難であることが報告されており、卵細胞質内精子注入法(ICSI)が唯一の有効かつ再現性のある方法となっているが、日本ではまだウマのICSIの子馬生産例は報告されていない。国内で成功例のない馬の体外受精法を確立することが求められる。
- 馬の体外受精による生産に関する研究はなによりも第一に技術の実証が必要である。ヨーロッパ各国では、オリンピック級のオランダ温血種、ベルギー温血種、セルフランセなどの有名な乗用馬が体外受精で生産される時代となっている。本邦において、馬のOPU,体外受精による生産が実証されれば、馬の生産関係者ばかりでなく、国内の牛生産関連産業に携わる関係者が比較的抵抗なく乗用馬生産産業にも移行することが可能となり、産業としての飛躍的な展開が期待できる。
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日本在来馬の受精卵を一定時間経過後に凍結保存できることを実証できれば、日本各地からの日本在来馬の受精卵を専門機関に輸送、凍結保存し、代理母の発情周期の状況を見計らって移植することが可能であるとともに、半永久的な種の保存が可能となる。レーザー穿孔装置の導入場所として、限られた研究機関や専門家が選ばれることを鑑みると、受精卵をバトンパスのように空路または陸路で室温輸送し、その後凍結保存に関する一連の処置を同日の午後・夜間に施すことができる環境を国内の各地に基盤施設を設立することが重要である。そのためには、今回申請する研究事業による開発が必要となる。