帯広畜産大学 特色ある研究の紹介 Focus

特色ある研究の紹介

畜産科学課程
Agriculture

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食の安全を約束し、安定供給するための実用研究

小麦粉の特性や製パン方法を研究し
高品質なパンの安定供給に尽力

山内宏昭 教授

 Professor YAMAUCHI HIROAKI
山内 宏昭教授

世界有数の小麦消費国・日本
自給率向上と安定供給をめざす

 日本の食卓でも馴染みのあるパン。その歴史は古く、紀元前3000年頃の古代エジプトで今日食べられている発酵パンがつくられていたという。日本には1543(天文12)年、種子島に漂着したポルトガル船により、鉄砲とともにパンが伝来。織田信長がパンを食べていたという記実も残っている。それから450年の時を経たいま、パンは日本人の食卓に欠かせないものになった。

 パンの小麦粉を水で練り、発酵させて焼くという基本的なつくり方は古代エジプトから変わってはいない。しかし、いま小麦粉の種類は増え、小麦粉の配合や練り方、発酵させる酵母や熟成の仕方、焼き方などでパンの種類は数多くある。より高品質でおいしいパンを安定供給するために、どのような製造方法でつくるのがベストなのかについて研究しているのが山内教授である。

 日本で消費される小麦の量は、約700万トン(2012年度農林水産省「食料需給表」)と世界有数の消費国である。日本の小麦消費量のほとんどを海外から輸入しており、国内生産量を上げるための取組みが各方面でなされている。北海道は、国内産小麦の約6割を生産しており、十勝は日本一の小麦産地である。特に収穫量が多いのは中力小麦の『きたほなみ』で耐病性にすぐれ、製麺性、麺の食感などもよいことから麺用として利用されている。しかし、もっとも国内で需要が多いのはパン用の小麦。そのため長きにわたり品種改良されて誕生したのが超強力小麦『ゆめちから』だ。病害抵抗性など農業特性は全般的に良好で、生産量も年々増えており、北海道以外でも利用が広がっている。

 発酵工学やパン用小麦について造詣の深い山内教授は、「それなら中力粉『きたほなみ』と超強力粉『ゆめちから』を混ぜましょう!」とブレンドを提唱した研究者のひとり。そして、ブレンド粉の製パン特性解析とその製パン性の改善について、北海道農業研究センター、地元製粉メーカーと共同研究を行った。「中力粉と超強力粉を混ぜて強力粉にするというのは、当初なかなか信じてもらえなかった。しかし、あらゆる角度から科学的データにより検証することで実用性を証明。これにより道産小麦はさまざまな用途に利用でき、ひいては国産小麦の用途・消費拡大に寄与できる」と山内教授は語る。

小麦粉がパンになる過程や味など
多角的に比較検討して実用化へ

 小麦粉は水を加えて練ると、タンパク質が化学的に結合し、グルテンを形成する。水の量や小麦粉の種類によって変わるグルテンの粘りと弾力性を利用して、パン、麺、ケーキなど多様な食品がつくられている。小麦は産地や品種等によってタンパク質の量も質も異なるので、成分や品質特性の評価が重要となる。

 山内教授の研究室では、①小麦粉の吸水性や生地の粘性・弾性を測定するための機器で生地の物性特性評価、②小麦粉の糊化特性評価、③小麦粉の粒度・損傷デンプン量等の測定、④デンプンのアミロース含量測定、グルテンのサブユニット構成の評価と多角的に小麦粉の特性評価を行っている。さらに、畜大構内にある製パン実験施設(略称:とかち夢パン工房)では、パン生地物性の数値化、発酵過程の生地ガス発生量の測定など製パンの各工程における科学的な解析を行い、より高品質のパン製造のために総合的な検証を行っている。パンのボリューム等の外観、内相、風味、食感等の評価なども行っており、食べる人によって感じ方が違う風味や食感を数値化。これらの科学的データが商品開発や品質改善などに役立てられる。このような食品加工特性評価は、食品を製造する企業では実際に行われており、それによって安定した品質の食品が製造可能になるのだ。国内製パン業界大手の敷島製パン株式会社と『ゆめちから』を使用した食パンやベーグルなどの商品について共同研究もしている。

「基礎研究ももちろん大切だが、実用研究を主としているので、商品化をイメージしながら可能性を追求している」と山内教授。そのため研究では生産工程やコストなども考慮される。実用化を視野においた実学研究を行っていることから、研究室では社会人の受け入れも積極的だ。現場を知る社会人からのアドバイスは学生によい刺激を与えているという。

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すべて道産によるパンづくり
産官学連携による開発に着手

 超強力粉『ゆめちから』など地域農作物の高度利用による高付加価値食品の研究・開発を通じて、地域経済の活性化をめざしている山内教授。すべて北海道産の素材を用いたオリジナルパンの開発も視野に入れており、道産パン用酵母の育種・遺伝解析とその利用技術の研究も行っている。さらに、新規道産小麦粉を用いた各種麺類(生パスタ、中華麺など)、菓子類(スポンジケーキ、クッキーなど)の特性解析とその特性を生かした北海道発麺類、菓子類の研究・開発も手掛けている。

 山内教授が、このような実学と実用研究にこだわるのは、民間化学会社の食品部門に10年以上、北海道農業研究センターに15年以上勤務していたという経歴にある。研究者として、社会人として、実学を体得した高度専門職業人の必要性を実感しているからにほかならない。実践力を磨くためにも大学と産業界を繋ぎ、産学官連携を密にした研究・開発も展開。ラボレベルで十分な科学的データを収集することで、スケールアップして大量生産するときにトラブルがあっても対応が可能となる。このような学びは学生にとっても有意義なものとなるだろう。

「パンは有史以来、食べられているのに、まだわからないことがたくさんある。そんな謎を解明するのが研究のおもしろいところ。地味な作業の繰り返しだが、積み重ねから解明できることも多い。その達成感は大きく、社会に役立てられる」と山内教授。一朝一夕では成し遂げられないかもしれないが、小さな疑問と大いなる好奇心が、新たなことを成し遂げる一助になるはず。かつて詩人ゲーテは「涙とともにパンを食べたものでなければ人生の味はわからない」という言葉を残した。苦労しなければ人生の意味はわからないという意味。困難な学び、厳しい挑戦であるほど大きなものを得られるので、怯まずに挑戦してみてほしい。

Professor
YAMAUCHI HIROAKI

山内 宏昭教授

愛知県出身。名古屋大学大学院農学研究科食品工業化学専攻修士課程修了。鐘淵化学工業株式会社(現・カネカ株式会社)にて研究職に就く。1995年、農林水産省に入省して北海道農業試験場(現・独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター)勤務。2012年、本学食品科学分野の教授に就任。

Data/Column

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左/2008年度に優良品種に認定された、本道初の超強力小麦『ゆめちから』。薬剤が効かないコムギ縞萎縮病(小麦のウイルス病)に対して、優れた抵抗性がある。ブレンド利用することで優れた加工適性があることから、国産パン用小麦の増産および食料自給率の向上に大きく貢献することが期待されている

右/小麦粉の種類によって、タンパク質の含量、質が異なり、加工食品の用途も変わってくる