「米国ミシガン州立大学で感じたこと」 2001年畜大便りに掲載

帯畜大 生資科 小嶋道之

2000年3月から13ヶ月間、私はアメリカのミシガン州立大学(MSU)で仕事をすることができました。MSU は、ミシガン州都ランシングの東に隣接するイーストランシングにあり、学生数約4万5千人のマンモス大学でした。ここでは、私が見聞きしたミシガン州のこと・大学のことをご紹介したいと思います。
ミシガン州は、車を世界に先駆けて生産したヘンリー・フォードの生まれ故郷であり、フォード社の拠点です。「沈黙の春」で自然界に汚染が蔓延しつつあることを警告された地の一つでもあります。しかし、サクランボ、ブルーベリー、リンゴなどの農産物の生産量も常に全米トップで、車工業とともに農業も突出して盛んな州と言うことができます。春はリンゴの花で町中が埋め尽くされますが、花粉アレルギーに悩まされる時期でもあります。夏は、ミシガン湖からの湿気でとても蒸し暑くなります。また、冬は道路に岩塩を撒くために、通常は夏タイヤのままで対応できますが、手入れが悪いとすぐ車に穴があいてしまいます。また、freezing rain(降った雨が地面で凍る現象)の時は非常に危険で、当たり一面アイススケートリンクのようになります。しかし、外の状況とは関係なく、屋内は冷暖房完備なので年中快適に過ごすことができます。
さて、MSUの1、2年生のほとんどは寮生です。日本で寮生と聞くと色々なイメージが浮かびますが、MSUの寮の規模は全米最大で、キャンパス内に点在していて、1万7千人程度は収容できる巨大な寮です。朝早くから夜遅くまで低料金のバスがキャンパス内を縦横に運行していて、学生には非常に便利な居住空間といった感じです。学部生用の寮は大部分が二人か三人部屋です。びっくりしたことに、夏や冬の休み期間は全員荷物を持って出なければならず、その時期にはいっせいに引越しの小型トレーラーなどで寮の辺りがごった返します。日本には無い光景で、合理的だとばっかり思っていたアメリカの面白い一面を目の当たりにして、経済効果、整理効果、帰省効果なのかと考えてしまいました。また、家に帰る予定のない学生は、休みの間だけ何処かに部屋を借りるために引越しをしていました。引越しをまったく面倒なものとは思わない(?)アメリカ人の感覚が、こんなところにも現れているのかもしれません。また、大学院生用の寮も充実していて、一人もしくは二人部屋ですが、一般のアパートには無い便利さがあります。例えば、寮のほとんどにはイーサーネット端子があり、高速のインターネットが無料で常時接続できる状態でした。もう一つびっくりしたことは、学費は学期ごとの履修登録した単位数で支払う額が決まることで、自分で支払っている学生がほとんどのようでした。また、MSUの図書館はとても広く快適で、蔵書の数もとても多く、すべてがコンピュータ管理されています。休館日はごくわずかで、通常日曜日の朝10時から金曜の夜11時まではずっと開いており、徹夜で勉強することもできます。館内には軽食を取ることもできるコーヒーショップがあり、気分転換や友達とおしゃべりを楽しむこともできます。また、大学内の本屋やダウンタウンの普通の本屋では学生が使用したお古の教科書を買い取ってくれます。そして、新学期にそれらが安く店頭に並ぶ光景は日本では見られないシステムです。無論、すべて完売します。キャンパスの中央には、複数のファストフードの店が入ったストアがあって、朝7時から夜8時まで開いています。また、そこまで行かなくても各建物には飲料の他にもパンやスナックなどの自販機が置いてあり、しばしの空腹をしのぐことができます。しかし、タバコの自販機はいっさい無く、すべての建物は完全に禁煙です。喫煙は、屋外でしなければなりません。ファストフードをはじめレストランや公共の場所での喫煙は皆無でしたので、帰国後に、よどんだ空気の中で食事をしなければならない日本のレストランの状況には閉口しました。
さて、最後にMSUでの仕事環境についてお話します。アメリカの大学の先生も教育と研究の両方をするのはもちろんですが、それらの比重を自分で選択しているようです。例えば、グラントを多く取ってくる人は、自分のグラントの中から大学にある程度の資金を出すことで、授業を軽減されたり免除されたりして、研究を中心にすることができるようです。もちろん、教育を中心に考えている教授もいますので、大学全体として合理的な教育・研究が行われているようです。これらは、マンモス大学だからできることかもしれません。私のMSUでの仕事は、すべての脂質の基盤であるアシルCoAの代謝研究でした。植物細胞内のアシルCoA濃度や組成については多少の報告が出ていますが、微量で不安定な化合物であるせいか、いまだに新たな研究法の開発が必要で、信頼のおけるデータを取ることがいかに難しいかも実感しました。アシルCoAの仕事を通して、脂質の代謝制御について研究を発展させたいと考えています。アメリカでの経験が、今後の教育・研究に生かせられるように努めたいと思っています。この紀行文を読んで、私の部屋まで訪ねてきてくれる学生がいれば大歓迎いたします。

帯広畜産大学 生物資源科学科 小嶋道之

「米国ミシガン州イーストランシングでの生活」 2001年 応用糖質科学に掲載した原稿

2000年3月から13ヶ月間、私はアメリカのミシガン州立大学(MSU)で仕事をすることができました。MSU は、ミシガン州都ランシングの東に隣接するイーストランシングにあり、学生数約4万5千人のマンモス大学でした。MSUのバスケットボール、アイスホッケー、アメリカンフットボール、女子バレーボール等は、全米の大学中でも常に上位の戦績を維持しています。また、私がお世話になった植物・農学系の研究分野は歴史が古く、しっかりしたプログラムで教育研究を行っていました。ここでは仕事の話は後回しにして、私が見聞きしたミシガン州のことをご紹介したいと思います。
ミシガン州は、車を世界に先駆けて生産したヘンリー・フォードの生まれ故郷であり、フォード社の拠点です。「沈黙の春」で自然界に汚染が蔓延しつつあることを警告された地の一つでもあります。車が特に有名ですが、サクランボ、ブルーベリー、リンゴなどの農産物生産量も常に全米トップで、車工業とともに農業も突出して盛んな州と言うことができます。春はリンゴの花で町中が埋め尽くされ、とてもきれいですが、長年住んでいる人たちにとっては、花粉アレルギーに悩まされる時期でもあるようです。夏は、比較的過ごしやすいものの、ミシガン湖からの湿気で時々、とても蒸し暑くなります。また、冬の降雪は少なく、道路に岩塩を撒くために、通常は夏タイヤのままで対応できます。しかし、freezing rain(降った雨が地面で凍る現象)の時は非常に危険で、当たり一面、アイススケートリンクのようになります。そこら中で車のスリップ事故を見かけました。また、私が滞在していた年の12月は、観測史上3番目という大雪で小学校が数日間休みになりました。昼過ぎになってやっと、アパートの駐車場に除雪車が入るあり様で、やっとの思いで大学へ行っても、今度は車を止める場所がありません。要するに、広すぎて車道も歩道も駐車場も除雪が全然間に合わないのです。しかし、外の状況とは関係なく、屋内は冷暖房完備なので年中快適に実験をすることができました。
MSUの1、2年生のほとんどは寮生です。日本で寮生と聞くと色々なイメージが浮かびますが、MSUの寮の規模は全米最大で、キャンパス内に点在しています。全部で1万7千人程度は収容できる巨大な寮です。朝早くから夜遅くまで低料金のバスがキャンパス内をも縦横に運行していて、学生には便利な居住空間といった感じです。学部生用の寮は大部分が二人か三人部屋です。びっくりしたことに、夏や冬の休み期間は全員荷物を持って出なければならず、その時期にはいっせいに引越しの小型トレーラーなどで寮の辺りがごった返します。日本には無い光景で、合理的だとばっかり思っていたアメリカの面白い一面を目の当たりにして、経済効果、整理効果、帰省効果なのかと考えてしまいました。また、家に帰る予定のない学生は、休みの間だけ何処かに部屋を借りるために引越しをしていました。引越しをまったく面倒なものとは思わないアメリカ人の感覚が、こんなところにも現れているのかもしれません。また、大学院生用の寮も充実していて、一人もしくは二人部屋ですが、一般のアパートには無い便利さがあります。例えば、寮のほとんどにはイーサーネット端子があり、高速のインターネットが無料で常時接続できる状態でした。もう一つびっくりしたことは、学費は学期ごとの履修登録した単位数で支払う額が決まることで、自分で支払っている学生がほとんどのようでした。また、MSUの図書館はとても広く快適で、蔵書の数もとても多く、すべてがコンピュータ管理されています。休館日はごくわずかで、通常日曜日の朝10時から金曜の夜11時まではずっと開いており、徹夜で勉強することもできます。館内には軽食を取ることもできるコーヒーショップがあり、気分転換や友達とおしゃべりを楽しむこともできます。また、大学内の本屋やダウンタウンの普通の本屋では学生が使用したお古の教科書を買い取ってくれます。そして、新学期にそれらが安く店頭に並ぶ光景は日本では見られないシステムです。無論、すべて完売します。キャンパスの中央には、複数のファストフードの店が入ったストアがあって、朝7時から夜8時まで開いています。また、そこまで行かなくても各建物には飲料の他にもパンやスナックなどの自販機が置いてあり、しばしの空腹をしのぐことができます。しかし、タバコの自販機はいっさい無く、すべての建物は完全に禁煙です。喫煙は、屋外でしなければなりません。ファストフードをはじめレストランや公共の場所での喫煙は皆無でしたので、帰国後に、よどんだ空気の中で食事をしなければならない日本のレストランの状況には閉口しました。
さて、最後にMSUでの仕事環境についてお話して終わりにしたいと思います。アメリカの大学の先生も教育と研究の両方をするのはもちろんですが、それらの比重を自分で選択しているようです。例えば、グラントを多く取ってくる人は、自分のグラントの中から大学にある程度の資金を出すことで、授業を軽減されたり免除されたりして、研究を中心にすることができるようです。私がお世話になった所は、ポスドクが9人、学生が3人、テクニシャンが1人、実験補助が2人の大きなラボで、各自がプロフェッショナルで、8割を研究に使っているボスでした。もちろん、教育を中心に考えている教授もいますので、大学全体として合理的な教育・研究が行われているようです。これらは、マンモス大学だからできることかもしれません。また、各国からやってきたポスドクの人達は、そのプロジェクトが終わる半年以上前には次の職を探すようで、日本と同様に研究職・教育職の職探しはかなり厳しい状況のようでした。しかし、贅沢を言わなければ必ず何処かに納まるようで、私がいる間にも周囲ではそうした移動がありました。私のMSUでの仕事は、すべての脂質の基盤であるアシルCoAの代謝研究でした。植物細胞内のアシルCoA濃度や組成については多少の論文が出ていますが、微量で不安定な化合物であるせいか、いまだに新たな研究法の開発が必要で、信頼のおけるデータを取ることがいかに難しいかも実感しました。アシルCoAは脂質部分の代謝中間体として重要ですが、アシルCoAの最小単位であるアセチルCoAは、糖質と脂質の細胞内コミュニケーションの重要な位置にあります。アシルCoAの仕事を通して、糖質と脂質の代謝制御についても今後、研究を発展させたいと考えています。この点にご興味をお持ちの国内の方との意見交換ができれば幸いです。kojima@obihiro.ac.jp

2000年3月から13ヶ月間、私はアメリカのミシガン州立大学(MSU)で仕事をすることができました。MSU は、ミシガン州都ランシングの東に隣接するイーストランシングにあり、学生数約4万5千人のマンモス大学でした。MSUのバスケットボール、アイスホッケー、アメリカンフットボール、女子バレーボール等は、全米の大学中でも常に上位の戦績を維持しています。また、私がお世話になった植物・農学系の研究分野は歴史が古く、しっかりしたプログラムで教育研究を行っていました。ここでは仕事の話は後回しにして、私が見聞きしたミシガン州のことをご紹介したいと思います。
ミシガン州は、車を世界に先駆けて生産したヘンリー・フォードの生まれ故郷であり、フォード社の拠点です。「沈黙の春」で自然界に汚染が蔓延しつつあることを警告された地の一つでもあります。車が特に有名ですが、サクランボ、ブルーベリー、リンゴなどの農産物生産量も常に全米トップで、車工業とともに農業も突出して盛んな州と言うことができます。春はリンゴの花で町中が埋め尽くされ、とてもきれいですが、長年住んでいる人たちにとっては、花粉アレルギーに悩まされる時期でもあるようです。夏は、比較的過ごしやすいものの、ミシガン湖からの湿気で時々、とても蒸し暑くなります。また、冬の降雪は少なく、道路に岩塩を撒くために、通常は夏タイヤのままで対応できます。しかし、freezing rain(降った雨が地面で凍る現象)の時は非常に危険で、当たり一面、アイススケートリンクのようになります。そこら中で車のスリップ事故を見かけました。また、私が滞在していた年の12月は、観測史上3番目という大雪で小学校が数日間休みになりました。昼過ぎになってやっと、アパートの駐車場に除雪車が入るあり様で、やっとの思いで大学へ行っても、今度は車を止める場所がありません。要するに、広すぎて車道も歩道も駐車場も除雪が全然間に合わないのです。しかし、外の状況とは関係なく、屋内は冷暖房完備なので年中快適に実験をすることができました。
MSUの1、2年生のほとんどは寮生です。日本で寮生と聞くと色々なイメージが浮かびますが、MSUの寮の規模は全米最大で、キャンパス内に点在しています。全部で1万7千人程度は収容できる巨大な寮です。朝早くから夜遅くまで低料金のバスがキャンパス内をも縦横に運行していて、学生には便利な居住空間といった感じです。学部生用の寮は大部分が二人か三人部屋です。びっくりしたことに、夏や冬の休み期間は全員荷物を持って出なければならず、その時期にはいっせいに引越しの小型トレーラーなどで寮の辺りがごった返します。日本には無い光景で、合理的だとばっかり思っていたアメリカの面白い一面を目の当たりにして、経済効果、整理効果、帰省効果なのかと考えてしまいました。また、家に帰る予定のない学生は、休みの間だけ何処かに部屋を借りるために引越しをしていました。引越しをまったく面倒なものとは思わないアメリカ人の感覚が、こんなところにも現れているのかもしれません。また、大学院生用の寮も充実していて、一人もしくは二人部屋ですが、一般のアパートには無い便利さがあります。例えば、寮のほとんどにはイーサーネット端子があり、高速のインターネットが無料で常時接続できる状態でした。もう一つびっくりしたことは、学費は学期ごとの履修登録した単位数で支払う額が決まることで、自分で支払っている学生がほとんどのようでした。また、MSUの図書館はとても広く快適で、蔵書の数もとても多く、すべてがコンピュータ管理されています。休館日はごくわずかで、通常日曜日の朝10時から金曜の夜11時まではずっと開いており、徹夜で勉強することもできます。館内には軽食を取ることもできるコーヒーショップがあり、気分転換や友達とおしゃべりを楽しむこともできます。また、大学内の本屋やダウンタウンの普通の本屋では学生が使用したお古の教科書を買い取ってくれます。そして、新学期にそれらが安く店頭に並ぶ光景は日本では見られないシステムです。無論、すべて完売します。キャンパスの中央には、複数のファストフードの店が入ったストアがあって、朝7時から夜8時まで開いています。また、そこまで行かなくても各建物には飲料の他にもパンやスナックなどの自販機が置いてあり、しばしの空腹をしのぐことができます。しかし、タバコの自販機はいっさい無く、すべての建物は完全に禁煙です。喫煙は、屋外でしなければなりません。ファストフードをはじめレストランや公共の場所での喫煙は皆無でしたので、帰国後に、よどんだ空気の中で食事をしなければならない日本のレストランの状況には閉口しました。
さて、最後にMSUでの仕事環境についてお話して終わりにしたいと思います。アメリカの大学の先生も教育と研究の両方をするのはもちろんですが、それらの比重を自分で選択しているようです。例えば、グラントを多く取ってくる人は、自分のグラントの中から大学にある程度の資金を出すことで、授業を軽減されたり免除されたりして、研究を中心にすることができるようです。私がお世話になった所は、ポスドクが9人、学生が3人、テクニシャンが1人、実験補助が2人の大きなラボで、各自がプロフェッショナルで、8割を研究に使っているボスでした。もちろん、教育を中心に考えている教授もいますので、大学全体として合理的な教育・研究が行われているようです。これらは、マンモス大学だからできることかもしれません。また、各国からやってきたポスドクの人達は、そのプロジェクトが終わる半年以上前には次の職を探すようで、日本と同様に研究職・教育職の職探しはかなり厳しい状況のようでした。しかし、贅沢を言わなければ必ず何処かに納まるようで、私がいる間にも周囲ではそうした移動がありました。私のMSUでの仕事は、すべての脂質の基盤であるアシルCoAの代謝研究でした。植物細胞内のアシルCoA濃度や組成については多少の論文が出ていますが、微量で不安定な化合物であるせいか、いまだに新たな研究法の開発が必要で、信頼のおけるデータを取ることがいかに難しいかも実感しました。アシルCoAは脂質部分の代謝中間体として重要ですが、アシルCoAの最小単位であるアセチルCoAは、糖質と脂質の細胞内コミュニケーションの重要な位置にあります。アシルCoAの仕事を通して、糖質と脂質の代謝制御についても今後、研究を発展させたいと考えています。この点にご興味をお持ちの国内の方との意見交換ができれば幸いです。kojima@obihiro.ac.jp

トランスジェニック植物を用いた油脂改良に関する遺伝生化学的研究

帯広畜産大学 生物資源科学科 助教授 小嶋道之

研究概要 私の在外研究の目的は、国外で進んでいる植物油脂の人為的改良プロジェクトに参画して、基盤研究およびそれを発展させた形で、遺伝子組み換え植物を共同で作ることであった。
植物油脂の人為的改良は、育種の方面からはすでに取り組まれてきたが、偶然性が高く、目的の品種を得るまでにはかなりの年月が必要である。また、油脂成分は多様な分子種からなっているので、目的の油脂成分をどこの器官で作るかやどのような状況で作るかなど、まだ乗り越えなければならない多くの課題が残されていた。在外研究期間に私が参加したプロジェクトは、「植物油脂の改良のための分子生物学的基礎研究」であった。具体的に私に与えられた研究課題は、上記したものであるが、言葉を換えて言うと、アシルCoAの代謝系の解析ということができる。
油脂合成の初発のステップは、クロロプラスト内でアシルキャリアープロテインに結合した形で進むことはよく知られている。これは、植物細胞と動物細胞で異なる点の一つである。植物細胞における脂質合成の次のステップは、クロロプラスト内や小胞体内で起き、脂質に結合した状態で脂肪酸のアシル鎖の修飾が行われ、続いてアシルCoAプールにいろいろな種類の脂肪酸が供給される。このアシルCoAプールの実態は不明で、オルガネラのアシルCoA組成や代謝制御について推定の部分が多い。特に人の必須脂肪酸であるリノール酸やリノレン酸(不飽和脂肪酸のCoA誘導体)の植物油脂(トリアシルグリセロール)への代謝制御などは重要な課題で、小胞体で行われると推定されているが詳細は不明である。このアシルCoAプールの概念は古くからあるが、含量や組成など報告されているデータはごくわずかで信頼性も低い。このような中間代謝産物を捕まえるのはかなり難しく、重要であるにもかかわらず、手ごわい相手として手付かずで残されてきた。しかし、最近植物のアシルCoA結合タンパク質のクローニングが行われ、大腸菌を用いて大量にこのタンパク質を得ることができるようになったので、我々は新たなアシルCoAの測定法の開発をリコンビナントアシルCoA結合タンパク質を用いて試みることにした。
まず、植物細胞内でのアシルCoA含量や、その組成を測定するための方法論の開発を行った。特徴は、アシルCoA結合タンパク質のアフィニティーカラムを作成し、細胞内のアシルCoAのみを調製する点である。この手法は、リコンビナントタンパク質を手に入れて初めてできることであるので、その調製に時間が必要であった。また、アフィニティーカラムとアシルCoAとの親和力の測定や、カラムからの溶出条件の検討など、いくつかの基礎的な課題をクリアする必要があった。最終的に、作成したアシルCoA結合タンパク質のアフィニティーカラムとパルミトイルCoAとの結合は、モル比で25:1以上の時が回収率がよいことを見出した。このカラムを使用して、エンドウとホウレン草の葉に含まれるアシルCoA濃度を測定しようとしたが、アフィニティーカラムの汚れや劣化が激しいので、プレカラムとしてDEAEカラムを事前に用いる二段階精製ステップとした。両植物の葉に含まれるアシルCoA 含量は、10g葉当たり60-70nmolであること、特にエンドウ葉には中鎖アシルCoAが含まれていることをはじめて明らかにすることができた。また、アシルCoA代謝の制御に関与するアシルCoA結合タンパク質の遺伝生化学的解析を並行して行い、モデル植物であるシロイヌナズナには、3種のアシルCoA結合タンパク質の存在することを見出した。1つは可溶性、他の2つは膜結合性のタンパク質で、そのうちの一つはまだ報告がされていないものであった。それらのクローニングを行い、リコンビナントタンパク質を精製して抗体を調製していたが、出来た抗体を使った研究は期間内にはできず、今後の課題の一つである。また、可溶性アシルCoA結合タンパク質の分子量は1万(92アミノ酸)、2つの膜結合性アシルCoA結合タンパク質の分子量は、3.7万(338アミノ酸)と3.8万(354アミノ酸)であった。それぞれ6個のエクソンと5個のイントロンからなるゲノムからなり、可溶性タンパク質はクロモソームI、2つの膜結合性タンパク質はそれぞれクロモソームIVとVに存在する遺伝子であった。それらのセンス、およびアンチセンス遺伝子を組み込んだトランスジェニック植物作成の仕事は途中になってしまい、帰国後にこれらの仕事を日本とミシガン州立大学(Ohlrogge博士)の間で共同で継続して研究することにしている。

在外研究中の感想または希望等  
私がお世話になったミシガン州立大学(MSU) は、ミシガン州都ランシングの東に隣接するイーストランシングにあり、学生数約4万5千人のマンモス大学であった。全体としてアメリカの大学は、学生に対してかなり便宜的である、というのが私の受けた感想である。例えば、図書館は24時間開館していて、中に軽食・コーヒースタンドもあり、いつも多くの利用者で混雑していた。また、朝8時から始まるクラスやお昼時間に行われるクラスもあったりして、非常に多くのクラスが開講されていた。その副産物として、食堂の混雑緩和に結びついていた。また、各建物にはパンやスナックの自販機もあり、多少の空腹を満たすこともできた。日本の大学でも、学生に対して便宜的になりつつあるが、良いと思われることはすぐにでも取り入れてほしいものだ。

米国ミシガン州のイーストランシングでの生活
2000年3月から13ヶ月間、私はアメリカのミシガン州立大学で仕事をすることができました。40才を過ぎてからの外国生活は、体にこたえると聞いていましたが、私が基盤にしている帯広の生活環境と似たところのあることに気づき始めた頃からは、急加速度的にミシガンのすばらしを感じ、学生に戻ったような錯覚で楽しんで研究をすることができました。要するに、どこで研究生活をするにしても、その土地に慣れ、生活に慣れ、人に慣れ親しむと、その土地が忘れがたく、またすばらしさが見えてくるものなのでしょう。
さて、私の研究分野は複合脂質の代謝です。ですから、応用糖質科学の会員ではありますが、脂質研究を母体としていまして、脂質にくっついている糖鎖やリン酸基などの複合化合物を研究対象にしてきました。そんなわけで仕事の話は後ほど軽く触れることにして、ここでは主にミシガン州の紹介をしようと思います。

地理と環境:ミシガン州は、ミシガン湖とスペリオール湖に挟まれている北の部分(Upper Penninsula)と、ミシガン湖、ヒューロン湖、エリー湖に囲まれている南の部分(Lower PenninsulaとかLower Michigan)からなり、長い橋(マキナックブリッジ)で結ばれている自然の豊かな州で、五大湖のうちの四つの湖に囲まれていて、Great Lakes Stateとも呼ばれています。私が住んでいたのは、州都Lansingのすぐ東にあるEast Lansingという大学町で、学生数4万5千人ほどのマンモス大学でした。ミシガン州の環境は、サクランボ、ピクルス用キュウリ、ブルーベリー、豆類、セロリ、リンゴ、アスパラガスなどの農産物には最適で、全米トップの生産量を誇っています。ミシガンの春は、色とりどりの花が咲き、特にりんごの花で町じゅう埋め尽くされとてもきれいですが、一方で長年住んでいる人たちは、花粉アレルギーがひどい時期といって嘆いていました。夏は、比較的過ごしやすいですが、時々ミシガン湖からの湿気でとても蒸し暑い時がありました。ミシガンの天気は変わりやすく、晴れていたと思ったら急に土砂降りになり、また晴れるということがよくありました。しかし、雨でも傘をささずにフードを被っただけで平気で歩いている人がほとんどで、傘をさしている人はごくわずかでした。冬の寒さは厳しく、時々湖の湿気を吸った寒気による「lake effect snow」や「freezing rain」が降ります。降雪は少なく、岩塩を蒔いて解氷しますので、通常は夏冬兼用のタイヤを履いています。しかし、特にfreezing rain(降った雨が地面で凍る現象)の予報が出ている時は車での外出は絶対に控えたほうが無難で、道路が濡れているのか凍っているのかまったく判断できません。もちろん歩くのも大変です。そこら中で車の事故を見ました。初雪はだいたい11月初頭で、私が行っていた年は観測史上3番目の大寒波がやってきた年で、小学校が2日間休みになりました。無論大学も通常どおりではありません。大学に行こうにもアパートの駐車場から車を出すことができませんし、仮に行ったとしても、今度は大学の駐車場に車を止めることができませんでした。しかし、屋内は冷暖房完備で、年中快適に実験をすることができました。
キャンパスライフ:ミシガン州立大学のキャンパスの住居施設は全米最大で、1、2年生のほとんどは寮生と聞きました。寮だけで1万7千人収容できる巨大な寮がキャンパス内にありました。学部生用の寮は大部分が二人もしくは三人部屋でしたが、夏や冬の休みは全員荷物を持って出なければいけません。その初めと終わりの時期には、いっせいに引越しのトレーラーなどで寮の辺りがごった返します。日本にはない光景で、合理的だとばっかり思っていたアメリカの面白い光景を目の当たりにして、経済効果、整理効果、帰省効果なのか考えてしまいました。また、家に帰る予定のない学生は休みの間だけ何処かに部屋を借りたりしていました。引越しがまったく面倒なことではない感覚が、こんなところにも現れていました。また、大学院生用の寮は、二人もしくは一人部屋で、最近は一人部屋の人気が高く、なかなか一人部屋には入れないようでした。寮のほとんどにはEthernet端子があり、高速のインターネットが常時接続できる状態でした。学費は、毎学期、履修登録した単位数によって支払う額が変わります。州立でも日本の私立大学とそれほど変わらないか、少し高いくらいです。そのため、学資ローンのようなものを借りて、卒業後に働きながら返済するという人も多いようです。メインライブラリー(中央図書館)は100万冊以上の蔵書があり、日曜の朝10時に開館したあとは金曜の夜11時までずっと開いたままで、徹夜で勉強できるようになっています。土曜日は朝10時から夜8時までです。1階の隅にはコーヒーショップがあり、ちょっと一息したり友達とおしゃべりを楽しんだりすることもできます。メインライブラリー以外にも、20ヶ所程度の分館があります。また、図書館のあちこちにEthernetの端子があり、自分のノートパソコンを持ってくれば高速インターネット接続が使えますし、インターネットに接続したパソコンが数十台備え付けてあり、自分のIDとパスワードでログインして使えるようになっています。
アメリカはとにかく教科書が高く、1科目で複数冊必要な場合もあるようです。学期の終わりには、大学内、周辺の本屋が使い古しの教科書を大々的に買い取ってくれ、新学期にはそれらがほとんど売りさばかれて行く光景は日本では見られないシステムです。
食堂は、各寮にもありましたが、朝7時から夜8時までやっている複数のファーストフードの店がキャンパスの中央にありました。また、そこまで行かなくても各建物にはパンやスナックなど、もちろん飲料もありましたが、自販機が置いてあり、しばしの空腹をしのぐことができました。しかし、授業中に飲んだり食べたりする学生はおらず、複数人固まって歩きながら食べている光景にもお目にかかりませんでした。 さて、最後に私の仕事環境についてお話して終わりにしたいと思います。大学の先生にもいろいろなタイプがあるようで、教育だけ、研究だけ、両方するの3タイプに大きく区分けできます。しかし、大学で研究だけしている先生はほとんどいないようで、どちらのウエイトを重くするかを自分で選択しているようです。しかし、研究を中心にやりたい先生などは、自分のグラントの中から大学にある程度の資金を出すことで、授業を軽減、免除される制度があるようです。複合脂質の代謝とはいいましても、母体の脂質代謝がすべてわかっているわけではなく、私のミシガンでの仕事は、すべての脂質の基盤であるアシルCoAの代謝研究でした。植物細胞内のアシルCoA濃度や組成は、多少の論文は出ていますが、微量で不安定な化合物であるせいか、いまだに新たな研究法の開発が必要で、信頼のおけるデータを取ることがいかに難しいか実感しました。


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