食品栄養学(タンパク質)

タンパク質の代謝

   生体のタンパク質量は、通常、合成と分解のバランスが保たれ、ほぼ一定である。生体は、栄養状態に応じてタンパク質の合成と分解速度を調節し生命を維持しているが、臓器により仕様は異なる。例えば、タンパク質栄養が悪くなると、肝臓では、分解速度が上がり合成速度はあまり変化しないのでタンパク質量は減少する。筋肉では、合成および分解速度ともに抑制されるが、合成の方が大きく影響されるため、タンパク質量は減少する。現在、合成および分解に関する調節機構はかなり明らかになりつつあるが、詳細は不明の点も多い。

 タンパク質合成の分子機構

 タンパク質は遺伝子からの情報をもとに、転写および翻訳の過程を経て合成される。 

KeyWords:転写    翻訳   DNA  RNA   タンパク質              

  遺伝子の情報をメセンジャ-RNA(mRNA)へ転写するのは、 RNAポリメラ-ゼIIの作用による。RNAポリメラ-ゼIIは、転写を制御する一群のタンパク質(トランス作用因子)と複合体を形成して、個々の遺伝子の発現を調節する。トランス作用因子は、転写開始点を認識する基本転写因子群と、外部からの刺激(情報)に応答して発現量を変化させる転写制御因子群に分けられる。一方、DNA上には、これらの因子が結合する塩基配列があり、この配列部位をシス因子と呼ぶ。基本転写因子が結合するシス因子を基本配列、転写制御因子が結合するシス因子を調節配列と呼ぶ。基本配列は、転写開始点近傍の上流にあるが、調節配列の位置は一定ではない(転写開始部位から転写される方向を下流とする)。このように複数の因子を用いると、その組み合わせによって多くの遺伝子の発現を調節することができる。さらに、複数の情報の組み合わせによっても、発現を調節することもできる(情報伝達のストロ−ク)。遺伝子転写の直接的産物(一次転写産物)は、アミノ酸をコードするエキソンとイントロン(介在配列;アミノ酸配列の情報を持たない部)からなり、これにギャップ構造とPolyAが付加されたものである。核内のイントロンを含んだ大きさが一定しないRNAをhnRNA(heterogenous nuclear RNA)と呼ぶ。核内でイントロンが全て削除(splicing)されると、mRNAとして細胞質へ出て行く。mRNAの塩基配列は、リボソ−ムでタンパク質に翻訳される。この際、転移RNA(tRNA)が mRNA上の配列情報を、対応するアミノ酸に翻訳するアダプタ−として働く。

タンパク質の分解

  細胞内のタンパク質は、通常、その機能が終了すると、速やかに分解される。これは、機能性高分子であるタンパク質が役割りを終わった後も残存すると、種々の不都合な反応が起こる可能性が高いからである。一般に、このようなタンパク質は、細胞質に存在するプロテア−ゼか、リソソ−ムに取り込まれ、一群のプロテア−ゼによってアミノ酸に分解される。

タンパク質の特異的分解機構として、近年、ユビキチン−26Sプロテアソ−ム系が注目されている。ユビキチンは、アミノ酸76残基からなり、酵母からヒトまで普遍的に存在する進化的には保守的なタンパク質である。さらに、熱、pHあるいはプロテア−ゼに対して、かなり安定であると考えられている。ユビキチンは、標的タンパク質のリジン残基にATP依存的に結合し、 プロテアソ−ムがこれを認識し、 選択的に分解すると考えられているが、詳細は不明の点も多い。

一方、生体が栄養飢餓に陥ると、防御反応として自身の体タンパク質を分解し、アミノ酸を補給することが知られている。この際、細胞内では自食作用が誘発され、リソソームによるタンパク質分解が亢進する。自食作用胞の誘導は、グルカゴンで促進され、インスリンやロイシン等で抑制されるが、その機構は、まだ詳細に理解されていない。

 アミノ酸の代謝

 アミノ酸の代謝の中心的な酵素反応は、グルタミン酸デヒドロゲナ−ゼのアンモニアの固定と遊離、およびアミノ基転移酵素のアミノ酸とα-ケト酸との間のアミノ基の受け渡しである。これらは、可逆反応であるから合成および異化に共通する。さらに、α-ケト酸は、解糖系とTCA回路の基質でもあるから、アミノ酸の代謝は糖および脂肪酸の代謝ともつながっている。なお、アミノ酸代謝の中心臓器は肝臓であり、ここで糖および脂肪酸の代謝と連携し、栄養状態に応じたアミノ酸プ−ルの恒常性が維持されている。

 非必須アミノ酸の合成

非必須アミノ酸の合成は、基本的にアミノ酸の骨格となるα-ケト酸にグルタミン酸に固定されているアミノ基が転移することによる。α-ケト酸は、糖代謝の中間代謝産物から、アミノ窒素は、食事由来のタンパク質から供給される。動物を必須アミノ酸の混合食で飼育すると、必須アミノ酸の利用効率が低下する。これは、必須アミノ酸のアミノ基が非必須アミノ酸の合成に使われるからである。ヒトの必須アミノ酸は、その骨格となるα-ケト酸を体内で合成できないことによる。システインとチロシンは、それぞれメチオニンとフェニルアラニンから合成される。

 アミノ酸の異化

アミノ酸の異化は、アミノ基由来のアンモニアとアミノ基を除く炭素骨格の代謝に分けられる。

 アンモニアの処理と尿素回路

スレオニンとリジンを除くα-アミノ酸のアミノ基は、それぞれのアミノ基転移酵素に寄りα-ケトグルタル酸に渡される。つまり大部分のアミノ酸のアミノ窒素は、グルタミン酸のアミノ基を経由して代謝される。グルタミン酸からアンモニアがグルタミン酸デヒドロゲナ−ゼの作用で遊離するが、アンモニアは中枢神経毒であるから、直ちに肝臓の尿素回路で無毒な尿素に変換され尿へ排泄させる。すなわち、アミノ酸の異化は主に肝臓で行われる。しかし、分岐鎖アミノ酸は、肝臓ではなく筋および脳で代謝される。特に、脳は分岐鎖アミノ酸をグルコ−スに次ぐエンルギ−源として利用する。この時に生じたアンモニアはグルタミンに固定され、肝臓へ送られて処理される。グルタミンは、一部、腎臓でアンモニアを遊離し、直接、尿中に排泄されたり、体液のpH調節に利用される。なお、血清中にグルタミン濃度が他のアミノ酸より高いのは、臓器間のアミノ窒素の運搬体としての作用を有するからである。

 炭素骨格の分解

アミノ基を除かれた炭素骨格は、(A)ピルビン酸(B)TCA回路の代謝中間体(C)アセチルCoAのいずれかに変換される。これらの物質は、そのままTCA回路で酸化されATPを生産したり、栄養状態によっては、グルコ−スやケトン体あるいは脂肪酸合成に利用される。例えば、空腹時や飢餓時、あるいは糖質の摂取量が不十分で、インスリンのレベルが下がりグルカゴンのレベルが高い時には、(A)や(B)が糖新生系を経てグルコ−スを供給し、(C)はケトン体を供給する。逆に、糖質等のエネルギ−源が十分な時には、(A)や(B)を経て(C)を生成し、さらに脂肪酸に変換されて貯蔵脂質として組織に蓄積される。炭素骨格が糖新生に用いられるアミノ酸を糖原性アミノ酸、ケトン体を生成するものをケト原性アミノ酸と言う。しかし、ケト原性だけであるものは、ロイシンとリジンだけである。

タンパク質栄養の意義

 生体は、栄養状態や環境に合わせ生理機能を対応させ、常に酵素等の体タンパク質を迅速に代謝回転(合成・分解)させている。身体全体から考えると、健常な成体の体タンパク質量は、常に一定に保たれ、余り変化しない(タンパク質代謝の動的平衡)。

タンパク質代謝の動的平衡:体タンパク質量は合成、分解を繰り返しながら維持される。代謝回転の過程で失われるアミノ酸を補給するために食事からタンパク質を摂取しなければならない。 

アミノ酸異化  排泄窒素化合物 タンパク質70g に相当   

 成人の身体の約15%がタンパク質で、毎日、約2%が分解されている。分解されたタンパク質は、アミノ酸となり、食事由来のアミノ酸と共にアミノ酸プ−ル(細胞質および体液中の遊離アミノ酸)を形成して、再びタンパク質の合成に用いられる。しかし、アミノ酸は、その炭素骨格がエンルギ−や糖新生あるいは脂肪酸合成に利用されるたり、アミノ基が尿素として排泄されたりするので減少する。また、少量であるがクレアチン、ヘム、核酸塩基、グルタチオンあるいはカテコ−ルアミン等の生体に必須の窒素化合物の合成にもアミノ酸は利用される。さらに体毛、皮膚の脱落によってもタンパク質は失われる。これらの損失:不可避損失、を補い、体タンパク質代謝の動的平衡を維持するために食事からタンパク質を摂取する必要がある。おおよその不可避損失量は、タンパク質を摂取しない時に排泄される尿中窒素量を測ることで推定され、健常成人では1日に約15gといわれている。

 タンパク質の必要量と栄養価

不可避損失量を補うためには、成人で約15gのタンパク質を摂取すれば良いことになるが、食事性タンパク質のアミノ酸組成は一様では無く、利用効率が個々で異なる。従って実際に生体が必要とするタンパク質量は、不可避損失量と一致しない。それゆえ、経験的あるいは実験的に、より正確な必要量を推定することが重要である。

 窒素出納:窒素量からタンパク質の摂取量と排泄量の差を推定する方法。摂取窒素量:Nin 排泄窒素量:Noutとする。摂取タンパク質量が不十分で体窒素の損失を補えないと、NinNout0:負の窒素出納となる。成長期のように体タンパク質の合成が分解を上回ると、NinNout0:正の窒素出納を与える。健常成人が十分量のタンパク質を摂取している状態では、NinNout0:窒素平衡となる。このため成人のタンパク質必要量は、この窒素平衡を維持するための必要最小限のタンパク質量として求める。しかし、子供では、成長に必要なタンパク質量を成長曲線等から推定し、これを加え補正する。

 タンパク質の生物価:タンパク質の摂取必要量は、摂取するタンパク質の利用効率も考慮することが望ましい。食物タンパク質の利用効率を数量化したものを栄養価と呼び、栄養価の算出基礎には生物価が良く用いられる。生物価は、体内に吸収された窒素の何%が体内に保留(体タンパク質合成に利用)されているのかを求めたものである。この際、無タンパク質食において糞や尿中に排泄される窒素、すなわち、内因性の排泄窒素量を用いて補正する。内因性の糞中窒素は、腸管へ分泌された酵素や腸粘膜の脱落物、腸内細菌等で、内因性尿中窒素は、動的平衡下で分解された体タンパク質の窒素である。

 生物価(BV 体内保留窒素/吸収窒素 X 100(%)

  体内保留窒素=吸収窒素−体タンパク質合成に利用されなかった吸収窒素

                          吸収窒素−(通常食での尿中窒素−無タンパク質食での尿中窒素)

  吸収窒素=摂取窒素−消化吸収されなかった摂取窒素

                  =摂取窒素−(通常食での糞中窒素−無タンパク質食での糞中窒素)

 正味タンパク質利用率(NPU):生物価には食物タンパク質の消化吸収率が考慮されていない。消化吸収率はタンパク質によって異なり、吸収率が低ければタンパク質の栄養的価値は下がる。生物価は、タンパク質の消化率を加味した正味タンパク質利用率で補正することができる。

 正味タンパク質利用率 = 体内保留窒素/ 摂取窒素 X 100(%)

                                         =生物価 X 消化吸収率

アミノ酸スコア:正味タンパク質利用率は、タンパク質の利用率を測定する方法であるが、加工食品も含めた数多い食品タンパク質について栄養的価値をヒトで測定することは、ほぼ不可能である。一方、これまでにタンパク質の栄養的価値は、その必須アミノ酸組成に依存することが明らかとなっている。Mitchellは制限アミノ酸の含量がタンパク質の栄養的価値を決定すると考えChemical scoreの概念を提出した。全卵タンパク質は、天然のタンパク質の中で栄養的価値が高く成長中のラットでの生物価は、ほぼ100であり、これを比較の基準とした。

ヒトに対する必須アミノ酸の必要量パタ−ンは、FAOWHOなどがアミノ酸評点パタ−ンとして策定している。そこで、個々の食品タンパク質のアミノ酸組成を、このアミノ酸評点パタ−ンと対比して、相対的に最も不足している必須アミノ酸(制限アミノ酸)の不足率を算出し、制限アミノ酸の理想量に対する不足率で食品タンパク質の栄養的価値を表す、これをアミノ酸スコアを呼ぶ。一般に、全卵、肉類、牛乳などの動物性タンパク質は良質である。これらは第1級タンパク質と呼ばれることもある。ちなみに制限アミノ酸の多いタンパク質食品は第2級とし、ほとんどの植物性タンパク質がそれである。なお、アミノ酸評点パタ−ンは確定したものではなく、現在も修正が加えられている。

タンパク質所要量

 ヒト成人の窒素平衡を維持するには、1日当り0.64g/Kg体重のタンパク質を必要とする。これは、消化吸収率が良く良質の動物性タンパク質を用いた研究から示されたことで、実際のタンパク質所要量は、日常食品のタンパク質利用率を85%、ストレスを受けるとタンパク質が必要であるので1.1、変動を個人的に補正する1.3、の係数を掛け

   成人のタンパク質所要量=0.64/0.85 X 1.1×1.3 1.08 g/Kg/day

   我が国の20歳代の平均体重から

             1.08×63.4768.5         1.08 X 51.4455.6 g/day

   これを基礎として、「第5次日本人の栄養所要量」で20-65歳まで1日のタンパク質の所要量は、 70g、女60gと定められている。しかし、乳幼児や青年あるいは妊婦など体タンパク質が増加する次期では、これに見合う補正がなされている。 栄養所要量に関しては摂取の目安で、タンパク質の質は考慮されていない。一般に、植物性のタンパク質、大豆などを除くが、動物性のものに比べ栄養的価値は低い。動物性タンパク質をより多く摂取すると、制限アミノ酸の比率を低くでき、利用効率を上げることができる。しかし、動物性タンパク質の過剰摂取は、飽和脂肪酸を取りすぎる危険があり、適正な動物・植物タンパク質の比(動タン比)は、4050%と考えられている。

試験内容:必須栄養素、細胞内タンパク質分解系、アミノ酸プール、栄養学的タンパク質の質。摂取したタンパク質が人体内でどのように代謝されているのか全体像をつかむこと。

 参考書