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帯広畜産大学 獣医学研究部門 薬理学研究室 室井喜景のページ

研究紹介 Research

バナースペース

<目次>
ストレスを受けて母はさらに強くなる
  母は強しのメカニズム?
お母さんの攻撃行動を制御する神経回路
  うちの敷地で何してんの!
子育てで働くストレス対処分子
  私にとって子どもはストレスなの?

お母さんの攻撃行動を誘起する要因
  お母さんマウスは相手のお尻の毛にイラっとする?
オキシトシンの新規機能
  自己犠牲的なお母さんの性質を生もみ出す

養育と攻撃の相反的制御
  攻撃は最大の防御なり!

副嗅覚系は雌の匂いに対する慣れからの回復を
 
早める

  漢たるもの慣れている場合ではありません

エネルギー状態と生殖行動のバランスをおきし
 制御する新しい神経回路を提唱

  何事もバランスが大切です

食欲と性欲はどちらが強いのか?
  いやいや、私の場合は・・・

自己保存か種の保存か?
  哺乳類の母親が避けられない葛藤
妊娠・出産を経て雌の脳は母親化する
  「私、昔は子供嫌いだったんです・・・」
飲みたい。でも飲みたくない・・・。
  そんな葛藤にセロトニンが関与する
良薬は口に苦くない!
  人工甘味料サッカリンは神経突起伸長を促進する





ストレスを受けて母はさらに強くなる
~母は強しのメカニズム~

哺乳類の仔育ての特徴として、お母さんの負担が大きいことが挙げられます。生まれたばかりの仔は栄養のすべてを母乳に頼っているため、生存のためにはお母さんによる仔育てが不可欠です。そこで私たちは、大変な仔育てを続けていくためにお母さんが特別な仕組み(強靭なメンタル?)を備えているのではないかと考えました。

今回我々は、産後のお母さんマウスに数日間に渡ってストレスを与え、仔育てなどに与える影響を評価しました。その結果、ストレスを受けたお母さんは、受動的ストレス対処を減少、言い換えると能動的ストレス対処(積極的にストレスを除去または回避しようとする反応)を増加することがわかりました。さらにこの反応は未経産雌では観察されなかったことから、子育て中のお母さんに特有の反応だと考えられます。次に私たちはこのような反応が誘導される仕組みを検討しました。まず、ストレスに曝露されているときの青斑核ノルアドレナリン神経(ストレス反応のコントロールを調節する神経)の反応を測定したところ、産後雌と未経産雌では異なる反応様式を示すことがわかりました。そこで、化学遺伝学的にノルアドレナリン神経の反応をコントロールした結果、ノルアドレナリン神経の働きによってお母さん特有のストレス対処反応が誘導されることがわかりました。困難な環境でもお母さんはへこたれず状況を打破しようとする、まさに母は強しのメカニズムかもしれません。この研究は中村さんが中心となって行いました。 (Cellular and Molecular Neurobiology, 2023, 43, 2359-2376)


お母さんの攻撃行動を制御する神経回路

うちの敷地で何してんの!

 仔育て中のマウスのお母さんは居住域への侵入者を攻撃します。このような行動は妊娠前の雌マウスでは観察されず、縄張りや仔マウスを守るための行動だと考えられています。私たちはこれまでに、お母さんマウスの攻撃行動を誘起する侵入者由来の因子を探索するとともに、神経機構を解析してきました。今回はこれまでに得た知見に基づき、光遺伝学的手法を用いて特定の神経回路の活動を制御することで、お母さんの攻撃行動を制御する神経回路を明らかにすることを試みました。その結果、内側前頭前皮質から背側縫線核に入力するグルタミン酸神経によってお母さんの攻撃行動が制御されていることがわかりました。一方、これまでの研究で背側縫線核でグルタミン酸シグナルが養育行動の発現に抑制的に作用し、攻撃行動の発現を相反的にコントロールすることがわかっていましたが、内側前頭前皮質から背側縫線核に入力するグルタミン酸シグナルは養育行動の発現調節には関与しないこともわかりました。
Neuroscience Research, 2022, 183, 50-60)





子育てで働くストレス対処分子
私にとって子どもはストレスなの?

 コルチコトロピン放出因子(CRF)は、ストレスを受けた時に活性化する視床下部-下垂体-副腎のホルモン軸の最上流で働き、副腎皮質ホルモンの分泌を促します。一方、CRFを分泌する神経は視床下部以外にも分布しており、やはり不安や恐怖などストレスに関連する反応を調節しています。今回我々は、お母さんが子育てで大きな負担を強いられる点に着目し、CRFが子育てにどのように関わっているのか調べました。これまでの報告では複数の脳領域でCRFは仔育て行動に抑制的に働くことが報告されていましたが、背側縫線核に分布するCRF受容体タイプ1とタイプ2の働きをそれぞれ阻害したところ養育行動の発現が抑制されました。つまり、背側縫線核ではCRF受容体が仔育て行動の発現に促進的に働いていると考えられます。このことからストレスを受けた時と同じように仔育て中は背側縫線核で CRF受容体が活性化していることが示唆されますが、仔育て中に視床下部-下垂体-副腎軸は活性化していませんでした。ですので、子どもがストレス源というわけではないようです。ああ、よかった・・・。
でも子育て中はストレスでいっぱいですよね。結局のところ、子育て中のお母さんが大変なことには変わりはありません。
この研究は木島さんが中心となって行いました。
Behavioral Neuroscience, 2021, 135, 359-368




母マウスの攻撃行動を誘起する要因
お母さんマウスは相手のお尻の毛にイラっとする?

 マウスのお母さんはよその仔も育てます。例えば、白色のBALB/c系のお母さんは黒色のC57BL/6J系の赤ちゃんを育てます。一方で、BALB/c系のお母さんはある程度成長したC57BL/6J系の若齢マウス(侵入者)を攻撃します。このことは、侵入者が赤ちゃんから大人になる過程でよそのお母さんの攻撃を誘起する因子を出すようになることを示唆しています。お母さんの攻撃行動を誘起する侵入者の要因は一体何でしょう?私たちは侵入者の日齢、性別、系統など様々な要因を検討しました。
 まず初めに14,15日齢に達すると侵入者は攻撃を受けることがわかりました。ちょうど離乳の時期に重なるため食餌の変化を検討しましたが、食餌は関係ありませんでした。次に、BALB/c系の侵入者はBALB/c系のお母さんの攻撃を受けにくいことがわかりました。ただ別の系統ではお母さんは自分と同じ系統の侵入者を攻撃したことから、同じ系統だから攻撃しないというわけではないようです。さらに詳細にお母さんマウスの様子を観察すると、侵入者のお尻周辺をクンクン嗅いだ後にガブっ!と噛みつくことがわかりました。そこで侵入者の尾の付け根周辺の毛を刈りとったところ、攻撃を受けにくくなることがわかりました。これまでの研究から攻撃行動は嗅覚情報によって誘起されることがわかっています。このことから侵入者の尾の周辺の毛に付着する匂い(フェロモン)によって母マウスの攻撃行動は誘起されると考えられます。

学生 「なぜ、お尻に噛みつくんですか?」
室井 「それはそこに毛があるから・・・」

この研究では中村さんと西山さんが活躍してくれました。
また本研究は、解剖学研究室の近藤先生との共同研究で実施されました。

Physiology & Behavior, 2020, 226, 113122)。






オキシトシンの新規機能
自己犠牲的なお母さんの性質を生み出す

 哺乳類のお母さんは母乳を介して多くのエネルギーを仔に分け与えます。しかしエネルギーを失うことはお母さんの生存にとって決して望ましいことではありません。そのため、例えばマウスのお母さんは厳しいエネルギー状態になると育仔放棄します(下記の自己保存か種の保存か?をご参考ください)。その一方で、お母さんはそれなりに厳しいエネルギー状態でも授乳し続ける性質を持ちます。そこで私たちは、お母さんの頭の中には厳しいエネルギー状態でも(イヤイヤながら?)子育てに向かわせる仕組みが備わっている可能性を考えました。
 オキシトシンは射乳を促すホルモンです。エネルギー収支の点から考えると、オキシトシンは「射乳により仔へのエネルギー投資を促す」働きがあると言えます。しかしうまく子に母乳を与えるには適切な姿勢とるなど行動の制御が不可欠です。そこで私たちは「オキシトシンが母親にエネルギー投資を促すような行動をとらせる働きを持つ」可能性を考えました。
 今回の私たちの研究から、オキシトシンが背側縫線核に作用することでお母さんは厳しいエネルギー状態でも子育てをすることがわかりました。十分な栄養状態ではこのオキシトシンの機能は必要ないことから、オキシトシンの働きによってお母さんは厳しいエネルギー状態でも子育てを続けると考えられます。さらにオキシトシンは視床下部の室傍核からホルモンや神経伝達物質として分泌されず拡散など別の方法で背側縫線核に作用している可能性が示唆されました。詳細なメカニズムを明らかにするために更なる研究が必要です。この研究は藤崎君と中村さんが中心となって行いましたHormones and Behavior, 2020, 124, 104773



養育と攻撃の相反的制御
攻撃は最大の防御なり!

 哺乳類のお母さんに特徴的な行動として養育行動と攻撃行動が挙げられます。前者はいわゆる仔育て行動、後者は自分の縄張りへの侵入者を攻撃する行動です。例えばマウスの未経産雌は幼弱個体を嫌がったり、居住区への侵入者を攻撃しないことから、どちらの行動もお母さんに特徴的な行動であると言えます。
 お母さんが仔育て中、例えば授乳中や巣を清掃にしているときに侵入者が現れた場合、お母さんは仔育てを中断し、侵入者を追い出さなくてはいけません。いつまでも授乳していては、仔や縄張りを守ることができません。つまり、養育から攻撃に行動をシフトする必要があります。我々は二つの行動を同時に発現できない(養育しながら攻撃できない)点に着目し、二つの行動を制御する仕組みを明らかにすることを試みました。その結果、背側縫線核に入力するグルタミン酸シグナルによって養育と攻撃が相反的に制御されていることがわかりました。さらにその入力は内側前頭前皮質から背側縫線核に投射する神経に由来する可能性が示されました。寝ながら勉強する、おいしいものを食べて痩せたい。二つのことを同時にできないのはマウスのお母さんも同じようです・・・(Neuroscience, 2019, 400, 33-47)。





副嗅覚系は雌の匂いに対する慣れからの回復を早める
 漢たるもの慣れている場合ではありません

 
 ある刺激を繰り返し受けた場合、特定の場合を除き私たちはその刺激に対する興味を減弱します。例えば道を歩いていて初めは車の音が気になりますが、安全だと判断できればすぐに気にならなくなります。もしこのような情報の選別を行わなかった場合、おそらく私たちはすべての車の音が気になり、騒音だらけで街を歩けなくなるでしょう。動物においてもこのような働きは重要で、危険察知だけでなく、様々な反応の制御に関わっています。
 私たちは生殖に関して同様の仕組みを考えてみました。雄マウスにとって雌マウスの匂いは魅力的です。下の写真のように、雌に接近できなくても離れたところにいる雌の匂いを感知すれば、雄は非常に強い興味を示します(雄の部屋に向けて一方向に風が流れるように設計した装置内で雌の匂いを提示しました。雄は立ち上がり風の出口に鼻をかざし匂いを嗅いでいます)。
     
   

しかし、長い間嗅いでいると魅力的な匂いにも慣れてきます。雌に近づくことができれば、雌を追跡し実際の生殖行動に移行しますが、雌に接近できない場合、いつまでも雌の匂いに興味を示し続けることは得策ではありません。その時々で興味を向けなければならないことは変化しますし、ハイテンションのまま一人で盛り上がり続けても無駄なエネルギー消費と言えます。これに対して、雌がいなくなった場合は速やかに興味を回復し、雌の匂いに反応できるようになったほうが繁殖の機会を増やすことに繋がるため得策でしょう。
 
今回私たちは副嗅覚系が雌の匂いに対する慣れからの回復を早める働きを持つことを明らかにしました。哺乳類の多くの動物は匂いを感じ取る神経系として主嗅覚系と副嗅覚系を持っています。主嗅覚系は主に一般的な匂い(エサなどの匂い)を、副嗅覚系は主にフェロモンを受容します。雄マウスは慣れにより無駄なエネルギー消費を抑える一方、できるだけ早く雌の匂いに対する興味を回復させ繁殖の機会を逃さない仕組みを備えていると考えられますChem Senses, 2017, 42, 737-745)。

エネルギー状態と生殖行動のバランスを制御する
新しい神経回路を提唱
~何事もバランスが大切です~

これまでに我々は個体のエネルギー状態に応じた母親の養育行動や雄の交尾行動(以下、生殖行動)の発現制御に関わる神経機構に関する研究を進めてきました。これまでの研究成果を踏まえ、視床下部の弓状核に分布するNeuropeptide Y(NPY)神経が背側縫線核に投射する経路を「エネルギー状態と生殖行動のバランスを制御する新しい神経回路」として提唱します(Neuropeptides, 2016, 59, 1-8)。
  エネルギーバランスが負に偏った場合、弓状核のNPY神経は活性化し視床下部の他の神経核に摂食促進シグナルを送ります。この時、NPY神経の一部は背側縫線核にシグナルを送ることで生殖行動が抑制され、摂食行動が優先的に発現すると考えられます。受精から子の誕生、離乳に至る各過程には親のエネルギー消費が伴います。また各ステージの達成には生殖行動が不可欠です。このことから、視床下部内部(intra-hypothalamic)と外部(extra-hypothalamic)のNPY神経回路がエネルギーバランスに応じた行動発現の制御に関わっていると考えています。


       

・食欲と性欲はどちらが強いのか?
いやいや、私の場合は・・・

動物の三大欲求として”食欲、性欲、睡眠欲“が挙げられます。これらは動物が生きていくために不可欠な欲求であり、様々な行動の原動力であると考えられています。しかし動物はこれらすべての欲求が満たされる環境下で常に生活しているとは限りません。つまり欲求の優先順位を決めながら生活しています。優先順位を誤った場合、エサを逃し餓死するかもしれません。また、エサばかりに目を奪われ繁殖の機会を逃せば子孫を残せないでしょう。それでは一体どのようなメカニズムで行動の優先順位が決められているのでしょうか?
 今回我々は自己保存と種の保存に直結するという視点から、食欲と性欲の葛藤が脳の中でどのように制御されているのかを調べました。まずお腹いっぱいの雄マウスと24時間絶食した雄マウスを準備しました。そして雌マウスと同居させた時にみられる性行動を指標にして食欲と性欲の葛藤のメカニズムを探りました。その結果、空腹時には摂食促進ペプチドNeuropeptide Yが中脳背側縫線核に作用することによって性行動が抑制される(お腹が空いたら生殖行動が抑制される)ことがわかりました。つまり、空腹時にはNeuropeptide Yの作用により食欲が性欲より優位になると考えられます。このメカニズムは
負のエネルギー条件下で母マウスの養育行動が抑制される機構と同じであり、種の保存よりも自己保存を優先するという動物の性質を司っていると考えられます。「いやいや、私の場合は違うよ」という方がいらっしゃるかもしれませんが、まあ個人差ということで・・・。この研究は稲葉君と小森君が中心となって行いました。(Neuroscience, 2016, 320, 140–148)

<この研究が目指すところ>

 
これまでに私たちは母親の仔育てにおける葛藤飲水における葛藤のメカニズムを探ってきました。これらの葛藤に背側縫線核のセロトニン神経が関わっていることを報告しましたが、今回調べた雄の食欲と性欲の葛藤にも同様の機構が関わっていると考えられます。特に”エネルギー状態に依存した母親の養育行動“と”エネルギー状態に依存した雄の性行動”の制御が同様にNeuropeptide Yを介した背側縫線核のセロトニン神経の活動を制御することによって行われていることから、エネルギー状態に応じた生殖行動(広義には仔育て行動も含みます)の制御のために雌雄間で共通した機構を使っている可能性が示唆されます。今後は種間や哺乳類全般といった広い範囲にも目を向け、広く動物に共通する機構に迫っていきたいと思います。

自己保存か種の保存か?
~哺乳類の母親が避けられない葛藤~

活動報告写真

 長い進化の過程で哺乳類は乳腺、子宮、胎盤という哺乳類に特徴的な臓器を獲得してきました。これらの臓器はいずれも子孫を残すために必要なものです。哺乳類では母親の妊娠・出産を経て仔が誕生しますが、母親は仔が離乳するまでの間、食物から摂取したエネルギーを自分と仔の生命維持に使わなければなりません。このエネルギー分配のバランスは極めて重要で、例えば自分へのエネルギー分配が多く仔に分配するエネルギーが少ない場合、仔は餓死してしまいます。逆に仔にエネルギーを与え過ぎ、自分へのエネルギー分配が少ない場合、母親が死んでしまい結果的に仔も死んでしまいます。これまでに栄養が乏しい環境下では、排卵、泌乳などの機能が低下することが知られています。このことは「種の保存よりも自己保存を優先する」という生殖戦略上極めて重要な動物の性質を示しています。この時期の仔は未熟であり、いくら乳が欲しくても母親が授乳しなければ乳を得ることができません。したがって、仔が母乳を得ることができるかどうか(母親が授乳によってエネルギーを損失するかどうか)は母親が授乳するかしないかによって決まります。そこで私たちは、行動レベルでも母親は「種の保存よりも自己保存を優先する」のではないかと考えました。つまり栄養が乏しい環境下では泌乳量だけでなく、授乳行動を抑制し授乳によるエネルギー損失を避けるのではないかと考えました。
 今回我々は、空腹時に分泌される摂食促進ペプチドNeuropeptide Yが中脳背側縫線核の神経群に作用し、養育行動の発現を抑制することを明らかにしました。つまり母親は自身のエネルギーレベルが低下した場合、授乳によるエネルギー損失を避けるための行動制御機構を備えていることがわかりました。
(
Psychoneuroendocrinology. 2015, 51, 392-402)

<この研究が目指すところ>
 我々の食卓は畜産業により大きく支えられています。命を提供してくれた家畜と畜産業に携わる皆さんのおかげで今日も私たちは美味しいお肉や牛乳をいただくことができます。先人達の長年の努力により、乳牛の泌乳量は大きく増加しました。それに伴い周産期の様々な疾患が増加し、長年の問題となっています。その原因の一つとして、過剰な泌乳が挙げられます。言い換えると「自分が病気になるまで乳を出す」ということですが、我々は高泌乳牛のこの特徴に疑問を感じました。なぜ乳牛は体調が悪くなる前にマウスの母親と同じように搾乳を拒否しないのか?様々な可能性が挙げられますが、長年の品種改良の結果「高泌乳牛は泌乳に伴う栄養損失に対する自己防衛機構が破綻してしまった」可能性を我々は考えています。まず高泌乳牛で我々が明らかにした神経機構がうまく働いているか調べてみる必要があります。もしおかしくなっているのであれば、治療することができるかもしれません。また我々の研究成果を応用して「自己管理できる高泌乳牛」を品種改良により作り出せるかもしれません。


・妊娠・出産を経て雌の脳は母親化する
「私、昔は子供嫌いだったんです・・・」


 哺乳類の母親は初産の時から出産後間もな仔育てを始めます。これに対し、未経産のマウスやラットは新生仔を嫌がったり、場合によっては仔を殺す場合もあります。このように未経産雌と経産雌は新生仔に対して非常に対照的な反応を示します。このことは妊娠して出産するまでの間に「脳が母親化」し、未経産雌が経産雌のような行動を示すようになることを意味しています。私たちは新生仔を提示した時の脳の反応の違いを比較することで、脳の母親化に関与する脳領域を明らかにしようと考えました。
 解析を行った結果、新生仔を提示した時、未経産マウスでは嫌悪反応や回避行動の発現に関与する分界条床核が活性化するのに対し、母マウスの脳では分界条床核は活性化しないことがわかりました。また養育行動の中枢とされる内側視索前野の活性が母マウスで常時高いことがわかり、内側視索前野に分布するGABA神経の働きによって分界条床核の活性が抑制されている可能性が示されました。この抑制機構が働かないため、未経産マウスは新生仔を嫌がったり攻撃してしまうのかもしれません。この研究は松下さんが中心となって行いました。(
Neuroscience letters, 2015, 590, 166-171


<この研究が目指すところ>

 上に述べたように、妊娠・出産前後で新生仔に対する雌マウスの行動は大きく変化します。哺乳類の新生仔が生きていくためには母親による養育が不可欠ですが、母親は仔育てによって非常に大きなストレスを受けます。私たちヒトを含め、動物はストレスを回避します。しかしお母さんは出産後、ストレスの源となる仔を大事に育てようとします。哺乳類の繁殖様式からすると当然のことですが、仔育てに備えてお母さんは未経産の雌動物や雄にない神経機構を備えるようになると考えられます。脳が母親化する仕組みを明らかにすることで、仔育てに必要な神経機構だけでなく「母は強し!」の理由を明らかにできるかもしれません。逆に、育仔放棄してしまう希少動物の仔育てをサポートしたり、ヒトの医療に応用できるかもしれません。





・飲みたい。でも飲みたくない・・・。
そんな葛藤にセロトニンが関与する

日常生活の中で私たちは様々な葛藤(心の中に相反する動機・欲求・感情などが存在し、そのいずれをとるか迷うこと~大辞泉より~)をしています。今回私たちはマウスを用いて、”飲みたい“と“飲みたくない”という相反する欲求の葛藤のメカニズムを探りました。
 絶水後、私たちは飲み物を欲しくなります。でも目の前にあるのが苦い水だとしたら・・・。耳元で「飲んじゃえよ!」という囁きと、「いやいや、飲んじゃダメでしょ!」という囁きが聞こえるはずです。耳元で囁くその声の主は一体誰でしょう?今回の研究で、セロトニンが「飲んじゃダメ!」というシグナルを担っていることがわかりました。さらに喉の渇きがひどくなると、苦い水を飲んだ時に反応する背側縫線核のセロトニン神経が無反応になり、「飲んじゃダメ!」のシグナルを出さなくなることでマウスが苦い水を飲むようになることがわかりました。
 私たちは日々多様な欲求と折り合いをつけて生活をしており、今回のようにそれらが相容れない場面も多くあります。そんなとき私たちの頭の中ではセロトニンが活躍しているのかもしれません。この研究は岩井君が中心となって行いました。(
Physiol Behav. 2015, 151, 545-550

<この研究が目指すところ>

 背側縫線核は様々な脳領域にセロトニン神経を投射しており、非常に多様な機能を担っています。以前我々は
母親の子育てにおける葛藤にも背側縫線核が関わっていることを報告しました。私たちの行動は非常に複雑な脳神経機構により制御されている反面、ある程度の”共通性“に基づいて制御されている可能性があります。私たちの心の中で起きる葛藤のメカニズムに今後も迫っていきたいと思います。



・良薬は口に苦くない!
~人工甘味料サッカリンは神経突起伸長を促進する~

活動報告写真

 サッカリンは安価かつノンカロリーの人工甘味料です。以前発癌性が報告されたため(現在では否定されています)、日本では甘味料としての使用は禁止されました(歯磨き粉などには現在でも使われています)。アメリカや中国では現在も一般的に甘味料として使用されています。我々はサッカリンに神経突起伸長を促進する効果があることを発見しました。そして分子機構を解析したところ、サッカリンには微小管形成を促進する効果があることがわかりました。このことから、神経突起の骨格である微小管形成を促進することで神経突起伸長を促進していると考えられます。現在のところ、どのような機構で微小管形成を促進するのかは明らかになっていません。今後さらに詳細なメカニズムを解析していく必要があります。この研究は山下君が中心となって行いました(Life Sci. 2013, 93, 732-41



<この研究が目指すところ>
 例えば交通事故などで手足の神経を切断した際に、神経突起の伸長を早める薬として応用できないかと考えております。ただ、サッカリンの神経突起伸長促進効果はさほど強くないため、化学構造を変えるなどして効果を増強する必要があります。甘くてノンカロリー。良薬は口に苦くない日がくるかもしれません。ええ、そんなに甘いとも思ってませんけどね・・・。



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