毒性学研究室

研究内容

1. ゼブラフィッシュをモデルとした
      化学物質の有害性評価と毒性発現機構の解析

畜産大学でなぜゼブラフィッシュなのか?と、疑問に思うかもしれません。ゼブラフィッシュは、脊椎動物モデル生物として、欧米を中心に発生学や医学における様々な研究に利用されています。さらにゼブラフィッシュは、藻類やミジンコなどと並んで、化学物質による生態毒性を評価するためのモデル生物としても利用されています。ゼブラフィッシュを用いる利点は、1)繁殖率が高く発生が早いこと、2)体外受精で発達期をとおして胚が透明なため観察を行いやすいこと、3)遺伝子改変や遺伝子機能阻害を容易に行えること、などが挙げられます。こうした利点に加えてコストパフォーマンスにも優れたゼブラフィッシュを用いて、私たちは化学物質の有害作用とその分子機構を理解するための毒性学的研究を推進しています。

一般に化学物質による毒性影響の感受性は発生初期において高く、その間の化学物質曝露は心血管系・神経系組織などに重篤かつ不可逆的な異常を引き起こすことがあります。発生初期における化学物質の影響を理解するためには、発生学的知見が蓄積されたモデル生物を用いて、生体内における化学物質の活性化や解毒に関わる分子機構を理解することが不可欠です。私たちは、ゼブラフィッシュ胚の形態学的・組織学的変化等を詳細に観察することで、多様な化学物質による発生毒性の有無を評価しています。加えて、オミックス等の手法を用いて化学物質曝露に反応する遺伝子を包括的に明らかにすること、ならびに遺伝子機能阻害実験などをとおして、化学物質による発生毒性の分子機構を検討しています。ゼブラフィッシュで特筆すべきことは、新しい方法論が次々と開発・応用されることです。最近では、遺伝子ノックアウト胚を安定して作出する手法も開発・導入されつつあり、私たちはこうした最新の技術を積極的に取り入れ、研究を展開します。

2. 化学物質感受性の種差に関する比較毒性学的研究

生物は化学物質の侵入に対して、それらを代謝・排泄しようとする能力を有しています。シトクロムP450(CYP)は、こうした役割を担う酵素群の代表例です。なかでもCYP1/CYP2/CYP3ファミリー分子種は、医薬品や環境化学物質などを含む多様な生体外異物によって、主に細胞内受容体の活性化を介してその遺伝子発現が誘導されます。ダイオキシン類による芳香族炭化水素受容体(AHR; aryl hydrocarbon receptor)を介したCYP1A分子種の発現誘導はその一例です。また、誘導されたCYPによる化学物質の代謝は必ずしも解毒ばかりではなく、元の物質よりも毒性が強くなる〝代謝的活性化″が生じることもあります。

哺乳類や魚類などのモデル動物を対象とした研究で明らかなように、細胞内受容体シグナル伝達系は多様な動物種で保存されています。一方、化学物質に対する感受性は、動物種間・系統間で大きく異なる場合もあり、このことは野生動物・産業動物・伴侶動物にも該当すると予想できます。この感受性の種差を説明する一要因として、各動物種の細胞内受容体やCYP分子種の機能的な差が考えられています。私たちは、多様な動物種について細胞内受容体やCYP分子種の遺伝情報および機能を比較検討することで、化学物質の動物種特異的な毒性影響や感受性を評価することを目指します。

3. タンチョウの異物代謝能・生体防御機構に関する研究

タンチョウはわが国の特別天然記念物であり希少野生動物種にも指定されています。北海道東部に生息するタンチョウは、冬季給餌などの保護対策が奏功して、年々その生息数を増加させています。一方で、生息数の増加に伴い生息地域や生活様式が変化し、近年では事故の多様化や農業被害など新たな問題も顕在化しています。保護収容されたタンチョウは、生死を問わず、環境省を通じて、インフルエンザ簡易検査陰性が確認された後、釧路市動物園へ搬送されます。このうち傷病保護されたタンチョウは、動物園で治療を受けることになります。このとき、治療に適用される投薬レジメンは、文献で報告されている様々な動物実験のデータに基づいて経験則的に決めているのが現状です。そこで私たちは、釧路市動物園の獣医師と共同で、タンチョウ固有の異物代謝能・生体防御機構を明らかにすることで、投薬レジメンをより的確に決定し、タンチョウの保護活動に貢献することを目指します。

4. 粗飼料におけるカビ毒汚染の調査研究

乳牛に用いられる粗飼料の品質悪化は、牛の健康状態に悪影響を及ぼす恐れがあります。粗飼料の品質悪化を招く原因の一つとしてカビ毒による汚染が挙げられます。赤かび病の原因菌であるフザリウム属菌が産生するデオキシニバレノール(DON)の汚染はその代表例です。実際に、北海道の粗飼料(トウモロコシサイレージ)からはDONが高頻度で検出され、中には厚生労働省が設定した暫定基準値を上回るケースもあった、という道総研・畜産試験場による近年の調査報告もあります(湊, 2012, 北獣会誌 56, 1-7.)。国内では飼料に含まれるDONが原因で家畜に健康被害が生じた例は報告されていませんが、粗飼料のDON含有量を可能な限り低減することが家畜やヒトの健康を守る上で不可欠と考えられます。このような観点から、私たちは、粗飼料におけるDONのモニタリング調査を行うことで、汚染実態の把握や汚染の原因解明と防止対策について研究します。