第一話

3月あと2日で4年生の日

『長い一日』

 今日は朝から雪。大学にきたころは雪がうれしくてたまらなかったが、北海道にきてはや3年、雪はスキー場だけに降ればいいと思う今日この頃。これが休みの日だったら、「ちっ、雪か」 などとつぶやいてもうひと眠りしてしまうところだが、今日はそういうわけにもいかない。今から30分後には研究室へいって、トラックでA町まで行かなきゃいけないのだ。

 話は前日にさかのぼる。クラス一の真面目といわれる僕は、春休みだというのに研究室に顔を出していた。ぼーっと椅子に座って、しげちゃんと二人で「ヒマだな」なんておしゃべりをしていた。そこへ岡山先生登場。ニヤッと笑いながら、「おまえらヒマだろ。明日朝9時に牛をA町までとりに行くから、いっしょに行くぞ。」なんてことをさらっとおっしゃる。まるで近所のスーパーで買い物をするから、ついてこいってな感じのしゃべりくち。しかしA町はわが帯広畜産大学から160Kmも先。僕なんかその40km手前の町までしかいったことがない。「こいつは困ったな〜。」なんて思いつつも口から出てきた言葉は「ハイ、お伴させていただきます。」という模範的な返事。この一言で、僕の初のA町への旅行(??)が決定したのである。

 翌朝起きてみるとやけに寒い。これはもしやと思い、窓の外をみてみると、案の定、雪。しかも大雪である。これではA町まではいけないなと思いつつ研究室に到着。5分後に先生登場。当然中止かと思いきや、先生迷っていらっしゃる。今日の牛が心筋症という珍しい遺伝性の心臓疾患である疑いが強いからだ。どうも、牛はかなり弱っていて、雪がやむのを待っていたのでは死んでしまう危険性もあるらしい。なぜ牛が死んでしまってはいけないのかというと、研究をするためには生きたまま連れてきて、その場で放血殺にするのが望ましいからである。その場で殺してすぐ解剖し、そのまま採材することで、検体の死後変化を防ぐことができるし、放血することで余分な血液を抜くことができるのだ。(放血がうまくされないと、顕微鏡で観察するときに赤血球だらけでよく組織が観察できなくなってしまうのだ。それと肉眼で見るときも血まみれで観察しにくい。)    と、まあそんな理由があることと、雪は十勝でしか降っていないという天気予報の情報もあって、我々は大雪の中先生の運転するトラックで一路A町へ向かったのである…

 3時間半後、A町に無事到着。岡山先生のすばらしい(?)運転技術のおかげで危ない目にもあうこともなかった。牧場に向かう前にまずは腹ごしらえ。A町といえばかき(貝)で有名なところである。先生にかき丼をご馳走していただく。かきがほんのり甘く、そして口の中でとろけていく。おいしかった。次はぜひぜひ生がきを食べさせてください、岡山先生…!!

 腹ごしらえが終わると、当然仕事である。しかし、仕事といっても牛をトラックに載せるだけである。5分で終了。そしてすぐ大学に向けて出発。わずか1時間足らずのA町滞在であった…

そしてまたトラックに揺られる3時間半が始まった。しかも帰りは大雨ときたものだ。しかしここでちょっと問題発生。牛が見る見るうちに弱っていったのである。これでは今日解剖するしかないわけで、そんでもって執刀者は僕に決まっていたのである。しかし、困ったことに僕はまだ解剖手順をきちんと勉強していなかった。始めは今日A町から連れてきて、明日の朝一番に解剖するという予定だったので、今日の夜勉強すればいいやと思っていたのだ。「う〜〜ん、困ったなぁ。最初は何をするんだったっけ。」と考えているうちに大学に到着。ただいま、午後5時。まだまだ僕の長い1日は終わらない。