帯広畜産大学 特色ある研究の紹介 Focus

特色ある研究の紹介

共同獣医学課程
Veterinary Medicine

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ウイルスの変異や伝播の過程を究明して制御をめざす

新型インフルエンザを引き起こす
人類の強敵、ウイルスの謎に迫る

小川晴子 教授

 Professor OGAWA HARUKO
小川 晴子教授

人の健康と食の安全確保のため
ウイルス感染症の制御が必要

 インフルエンザは、ウイルスに感染することで発症する。いわゆる風邪のひとつだが、重篤化して命を落とすこともある。さらに、遺伝子変異によって新たなウイルスが生まれ、人類に多大な被害を与えるパンデミックを引き起こすこともあるのだ。このインフルエンザウイルスはA・B・Cの3型あり、過去にパンデミックを引き起こしたのはすべてA型で、鳥と多くの哺乳動物(人間を含む)に感染。つまり人獣共通感染症なのだ。

 A型インフルエンザウイルスの元来の宿主(自然宿主)は、野生の水鳥だと考えられている。これらの鳥インフルエンザウイルスは、水鳥に病気を起こすことはなく、また人への感染も起こりにくい。しかし、感染した宿主の中で増殖する間にウイルスの遺伝子に変異が起こって性質が変わると、人に感染して猛威を振るうウイルスが生まれることもあるのだ。

 世界的な問題となって記憶に新しいのは、鶏などの家禽だけではなく人にも感染して重篤な病気を引き起こした高病原性鳥インフルエンザ(H5N1亜型)。日本では過去10年に3回発生しているが、感染した鳥の隔離・淘汰(殺処分)、周辺一体の徹底的な消毒と立ち入り制限などの迅速な対応により全国的な広がりは食い止められた。ところが、2014年に熊本で発生した高病原性鳥インフルエンザウイルスはH5N8亜型であった。日本にこの型のウイルスが侵入したのは初めてのことだったが、速やかな防疫体制で終息が宣言された。

「高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)は、渡り鳥がウイルスを運んできた可能性があるとわかっています。野鳥の動きを制限することはできませんが、保有するウイルスについて調べれば、病原性のウイルスが見つかった場合に、伝播を阻止する最大限の措置をとることができます。また、人に感染しやすいウイルスへと遺伝子変異する機会を減らすためには、感染の連鎖を切ることが必要です」と語るのは小川教授。鳥インフルエンザのような畜産領域で重要視される人獣共通感染症について、発生機序や病態形成の機序を解明し、新たな診断法・予防法・治療法の開発をめざしている。公衆衛生学的に国民の健康を守り、食の安全を確保するためにも、これらのウイルス感染症の制御が重要となっているのだ。

鳥インフルエンザウイルスの
ルーツを探り変遷を読み解く

 小川教授は「高病原性ウイルスを含むあらゆる鳥インフルエンザウイルスが、自然界でどのように変化しているのかを知るため、野鳥を対象とした研究は必要」と話す。北海道はシベリアから南下、または東南アジアや本州から北上する渡り鳥たちの中継地点なので、さまざまな渡り鳥が飛来する。道東地域には渡り鳥飛来のベストスポットが多い。そこで、渡り鳥の飛来地に赴いて排泄物を採取し、インフルエンザウイルスを分離して性状・由来等を解析している。

 インフルエンザウイルスの遺伝子情報を解析し、動物や植物、微生物などの遺伝子情報を収集しているジーンバンクで照会すると、北海道で分離したインフルエンザウイルスと類似したものを見つけることができる。遺伝子は8個の分節に分かれているため、たとえば同時に2種類のインフルエンザウイルスに感染した宿主の中で遺伝子組換えがあったとき、類似した遺伝子が見つかることでルーツの解明に役立てられるのだ。以前も道東で採取したシギの排泄物から、オーストラリアで分離したウイルスと酷似したものが見つかった。遺伝子8個の分節のうち1個が大きく異なり、マウス実験でオーストラリアのウイルスには病原性はないが、道東のシギ由来ウイルスには病原性があったことから、病原性に関与する遺伝子特定の手がかりを得られた。

 小川教授は「鳥インフルエンザウイルスは感染ルートや遺伝子変異の種類など未知の部分が多いため、それらを解明することで、人類とインフルエンザウイルスとの闘いに役立てることができます。国境など関係なく野鳥が運ぶため、近隣諸国で高病原性鳥インフルエンザの発生が続く限り、今後も日本で発生する可能性はあります。このような感染症は発生国の問題ではなく、世界規模で対処されるべき問題。国際的な共同研究や情報交換が重要で、地球規模で行うべき研究なのです」と語る。

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進化するインフルエンザウイルスとの
終わりなき戦い

 小川教授の新興再興感染症分野の研究室では、自然界における鳥インフルエンザウイルスの進化の解明のほか、簡便・迅速な抗体検出キットの開発、抗ウイルス資材の開発もしている。さらに、効果的なワクチンの開発もしており、遺伝子改変したニワトリの卵を用いた新たなワクチン作製法の研究も行っている。植物由来物質による感染症の予防・治療に関する研究では、オリーブ由来のヒドロキシチロソールに抗インフルエンザ活性があることを発見した。「ウイルスに効果のある薬物は少ないため、日常的に安心して使用できる天然由来抽出物で、インフルエンザウイルスの感染予防や発症抑制に役立てられればよろこばしい」と小川教授。

 移植医療など医学分野で長く研究職に就いていた小川教授。学生時代は微生物学を専攻し、細菌やウイルスの研究に没頭した。鳥インフルエンザの研究は、畜大に赴任してから。折しもアジアから高病原性鳥インフルエンザが世界的に拡大したときだった。「インフルエンザの研究者は世界的に多く、私はまだ始めたばかりのいわば新参者です。しかし、研究とはオリジナリティが大切。独自の発想から研究することで、新たな可能性を見いだせるもの。新しい発見をするには苦労は当たり前で、困難な局面を乗り越えていくのが、研究のおもしろさであり醍醐味」と楽しそうに小川教授は話す。

 人獣共通感染症であるインフルエンザウイルスは、いまも世界のどこかで突然変異を繰り返してパワーアップしているかもしれない。ジェンナーが種痘を発見し、人類がウイルスと向き合いはじめてから200年あまりしか経っていない。何十億年もの間生き抜いて進化を遂げてきたウイルスとの攻防は、これからも続くだろう。これは地球上の動物のために、負けるわけにはいかない壮大な闘い。だからこそやりがいがある研究なのだ。

Professor
OGAWA HARUKO

小川 晴子教授

愛知県出身。岐阜大学農学部(現・応用生物科学部)卒業後、同大学院農学研究科修士課程(獣医学専攻)修了。製薬会社等の研究職を経て、2005年より本学に准教授として着任。2014年より教授。研究テーマはインフルエンザの予防・制御・診断、移植における免疫寛容。趣味は観劇、音楽鑑賞、フラワーアレンジメント。

Data/Column

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左/ニワトリの有精卵にインフルエンザウイルスを接種してワクチンの試作をする。写真は12日齢の発育鶏卵。ウイルスは生物の細胞の内部に入り込んで増殖するため、生きた細胞にウイルスを接種し、培養する必要がある

右/渡り鳥の糞便採取の際は、手で触れないよう細心の注意が必要。場合によっては専門家に協力をあおぎ、直接生体から検体採取することもある