帯広畜産大学 特色ある研究の紹介 Focus

特色ある研究の紹介

共同獣医学課程
Veterinary Medicine

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サラブレッドから、ばんえい競馬のばん馬まで

妊娠全期における馬の超音波画像解析で
流産・死産の原因を解明し、検査法開発へ

南保 泰雄 教授

 Professor NAMBO YASUO
南保 泰雄教授

光で馬に季節を感じさせ排卵を促す
ライトコントロール法を確立

 飼っていた犬の病気を治したいと獣医師をめざした都会育ちの少年は、帯広の地でこれまで見たこともない馬や牛に触れ、すっかり大動物の魅力にはまる。獣医学科での直腸検査実習では自らの不注意で馬に蹴られるというアクシデントに見舞われながらも、馬への熱い想いは変わらなかった。彼は卒業後、JRAでサラブレッドの生産性を上げる研究に携わる。その青年こそ、2014年から本学で教鞭をとる南保教授だ。

「日本はサラブレッドにおいて世界第5位の生産大国。英仏のように競走馬の歴史がないので、いい馬をつくろうと60〜70年邁進してきた結果です。ご存じのようにサラブレッド生産は自然交配のみで、血統の確かな馬しか認められません。牧場主にとっては、血筋のよい子馬が計画通り生まれることが理想です。馬は春にしか発情しない季節繁殖動物ですが、その発情が起こらず困っているという声が現場では少なからずありました。そこでJRA時代に確立させたのが、『ライトコントロール』という方法です。馬房内に電球を一定時間灯すことで、光によって馬に春が来たと気づかせます。その結果ホルモン分泌が促進され、排卵が起こる。手軽で副作用のないこの方法は馬産地で評判になり、広く利用されるようになりました」。馬産地の切実なニーズに応えられたという達成感が、南保教授の顔を思わずほころばせる。

超音波診断に新機軸の器具を取り入れ
世界初、胎子の3D画像描出に成功

 日高の生産育成研究室で室長を務めていた2012年には、妊娠馬の超音波画像検査を確立させる。これまでの検査は交配後35日目くらいに、妊娠鑑定を兼ねた検査を一度だけ行うのが一般的だった。直腸検査に使うエコー診断のプローブ(探触子のことで、超音波を発生・受信するセンサー)の描き出す深度は10cm前後だが、妊娠中期以降は子宮が大きくなり下垂。そのためプローブをもっと奥まで挿入する必要があるのだが、現状の器具では無理があった。馬の妊娠期間は335日と家畜のなかで最も長い。それにも関わらず、獣医師が次に馬を診るのは出産時という状況が続いていた。

「牛は1〜4時間ですが、馬の分娩は短く20〜30分程度。その間に難産になると、死産の可能性が高くなります。その際、異常を見つけてもほとんどが手遅れ。サラブレッドでは妊娠馬の15%が、健康な子馬の出産に至っていません。また現場では出産に立ち会うために徹夜が何日も続き、牧場主も獣医師も大変な苦労を強いられてきました」。その解決に向けて導入されたのが、25〜30cmという深部にも届くコンベックス型プローブだ。考えられた形状と優れた角度操作で、観察範囲がぐんと広がった。超音波診断装置に画像モニターをセットすれば、子宮の胎盤厚をはじめ胎子の成長や性別の判断までが瞬時に可能に。南保教授らはこの方法で、世界で初めて胎子の3D画像をとらえることに成功した。「3D画像を再構築すればリアルタイム3D、つまり子宮内の胎子の動きも示せます。妊娠全期にわたる定期検診が病気や異常の早期発見につながり、正常な出産率を押し上げることは間違いありません」

南保 泰雄 教授

希少哺乳類への応用も視野に
ばん馬独自の繁殖プロセスを研究

 南保教授が2015年から取り組んでいるのは、『ばん馬』を対象とした研究。これまでサラブレッドで培ったスキルを十勝に根ざした世界最大級の体格をもつ馬、ばん馬の安定確保に生かしたいと意気込んでいる。帯広市内の3牧場に協力を依頼し、40頭前後のばん馬に妊娠全期4〜5回にわたる検査を実施。ここで活躍するのが超音波画像検査だ。牧場にポータブルの超音波診断装置を持ち込み、2D・3D・リアルタイム3D画像を見ながら診断する。「すでに分かっているサラブレッドの測定値と比較し、ばん馬独自の胎子成長モデルおよび妊娠異常の新しい検出法を見出すことが狙いです。併せて性別判定の可能性、胎子とホルモン増減の関連性についても研究します。予定する3年間の研究データを解析することで今まで分からなかったこと、例えば馬はなぜ他の動物と比べて流産が多いのか、そのプロセスや理由などを明らかにできるはずです。妊娠全期の検診が確立されることで流産や難産の予知が可能になり、治療法の道筋も見えてきます。またばん馬などの日本在来種だけでなく、サラブレッドの生産性向上にも寄与。さらには馬以外、大型の希少哺乳動物の繁殖にも応用できるのではと期待しています」

 馬の研究に20年以上携わってきた南保教授の喜びは、牧場の方からの「南保さんのおかげで」という言葉に集約されるという。研究の成果が実際に役立っていることにやりがいを感じる。「今後も生産現場や関係者の方に役立つ臨床研究を続けていきたいですね」。常に研究対象であった馬の魅力についてお聞きすると、即座に「目です」という答えが返ってきた。馬の目は哺乳類のなかでキリンに次ぎ、2番目に大きいという。「あの大きな目が身近にあるって、何物にも代えがたい。特別な気持ちになります」。これからも南保教授の馬への愛、そして研究への情熱は変わることがなさそうだ。

Professor
NAMBO YASUO

南保 泰雄教授

神奈川県生まれ。獣医学博士。本学獣医学科卒業後、JRA(日本中央競馬会)入会。宇都宮の競走馬総合研究所を経て2002年、日高育成牧場生産育成研究室に異動。2010年、同研究室長に就任。21年間、JRAでサラブレッドの生産と研究に携わる。2014年、本学共同獣医学課程教授に就任。「Think globally, act locally」を信条に、研究成果や馬の魅力をサイエンスカフェなどで積極的に発信している。

Data/Column

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毎年開催される『ちくだい馬フォーラム』は、帯広市民にとっても楽しみな秋の恒例行事になっている。学外から招いた専門家による講演会をメインに、会場では乗馬体験や馬術ショーなどを実施。馬に触れた子ども達の「女優さんの目みたい」「まつ毛が長くてかわいい!」などという歓声が響いた。南保教授は解剖学の先生と一緒に、馬の標本展示コーナーを担当。