帯広畜産大学 特色ある研究の紹介 Focus

特色ある研究の紹介

畜産科学課程
Agriculture

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農業の課題に経済学的な視点から改善策を提案

答えはひとつじゃない
比較制度分析で選択肢が見えてくる

仙北谷康 教授

 Professor SEMBOKUYA YASUSHI
仙北谷 康教授

卸売市場法があるのは日本だけ?
相手の行動や偶然がシステムを生む

 現在、世界の人口は70億人を越え、2025年には80億人に到達すると予想されている。増大する農産物の需要、ますます求められる食の安全、変革を迫られるフードシステム。そうした課題に経済学的な視点からスポットを当て分析し、新たな提案をしていくのが農業経済学の役割だ。「答えはひとつじゃない、複数の場合もある。また日本の制度がグローバルスタンダードではない。この認識が農業経済学を学ぶうえで大切です」と、仙北谷教授は語る。たとえば私たちが当たり前のように思っている青果物の卸売市場制度は、日本独自のもの。1918年に米価の急騰に怒った主婦が起こした米騒動がきっかけで、セリによる透明性のある価格決定方法が制度化された。

 農業経済学研究には『比較制度分析』という手法がある。仙北谷教授が2002~2003年にかけ東ヨーロッパで調査した青果物流通システムも、この方法で分析が行われた。対象国は1990年前後の同時期に、社会主義計画経済から資本主義経済に移行したチェコとポーランド。同じ出発点に立った両国には、同じシステムが生まれるのか?結論から言えばNO。チェコでは卸売業者が買付け、大手スーパーへという大量取引が主流に。ポーランドでは農業生産者が自ら販売する小売市場や卸売市場が発展していた。「チェコは集団農場・国営農場の土地が、民主化により元地主に返還されました。しかし工業化が進んでいたため非農業部門に従事していた元地主やその子孫は、今更農地を返されても困る人が多く、そうした土地を借り集め大農場が登場した。大量の農産物を扱う大規模なスーパーが誕生した要因です」と、教授は分析する。一方ポーランドは歴史的に集団化への反対運動が根強く、大半が個人農家。スーパーが求める大規模な卸売は存立しえない。この結果は比較制度分析でよく用いられる、『ゲーム理論』で説明できるという。「たとえば車の走行車線を考えると、世界には右側通行の国もあれば左側通行の国もあります。どちらが正解ということはありません。青果物流通も同じで、大規模農場が卸売業者を通じて大手スーパーに販売するのも、小規模農家が卸売市場を通じて地域のスーパーに売るのも、どちらも立派に制度として機能しています。相手がどんな戦略をとるのか(大規模農家か小規模農家か)によって自分の最適な戦略(卸売企業と市場のどちらから仕入れるか)が決まります」

畜産国ニュージーランドの
知られざるビフォー&アフター

 農業経済学は社会のしくみや歴史など、マルチな知識を駆使する学問だ。だからこそ、ひと味違う別アングルの景色が見渡せる。仙北谷教授は2012年、放牧の実態視察のためニュージーランドを訪れた。私たちにとってニュージーランドといえば乳製品のイメージがあるが、以前は食用肉の生産が主体だったという。「この国のかつての農業は政府の補助金で支えられていました。しかし1984年に政権が変わり一切の補助金が撤廃に。農家は自立を余儀なくされ、バターや脱脂粉乳、チーズなど国際競争力の高い生乳の加工にカジを切りました。その結果、ニュージーランドは優良な貿易黒字国になったのです」

 こうした経緯で2001年に設立された『フォンテラ』は、農協であると同時に世界最大級の乳業メーカーに成長。道内でも同社と連携し、放牧の調査プロジェクトがすでに始まっている。「スプリングフラッシュといって初夏に生える栄養豊富な草は、産後の牛の高泌乳を支えるエサとして最適。ただ泌乳と草の生産を合わせる必要があるので、この時期に出産しない牛は厄介者になってしまう。また通年の生乳量をどう調整するのかなど、課題はたくさんあります。だからこそ私たちの出番があるんです」と、仙北谷教授は前向きだ。既存のしくみが移行する過程で、選択肢を複数提示することが農業経済学の役目。金融事業を切り離すとされる農協改革や、輸入品の関税を撤廃するTPPなどの問題にも農業経済学の視点が生かされるに違いない。

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日本とベトナムで大きく違う家畜保険制度
東アジアで人気の高まる北海道ブランド

 仙北谷教授は2013年以来、ベトナム訪問を続けている。食の安全につながる家畜保険について、比較制度分析を行うためだ。日本では政府が家畜共済に深く関与し、掛金の半分を助成している。治療費が高い病気にも手厚い保険金がおりるため、民主党政権時代仕分けの対象にもなった。「ベトナムでは1980年にパイロット事業としてスタート。社会主義国でありながら、民間レベルで家畜保険が行われています。治療費は保険外で、補償は家畜が死んだ場合のみ。それも3つの病気、口蹄疫・パスツレラ・炭疽に限られています」と、仙北谷教授。制度の優劣を比較することが研究の主旨ではない。それぞれの国の課題を浮き彫りにし、改善の道筋を立てることに意義がある。今年の調査ではどんな発見があるのだろう。

 現在、北海道ブランドは東南アジアでも人気が高い。仙北谷教授はよつ葉乳業と共同で海外の牛乳・乳製品市場を調査・研究した。その後同社は、ソフトクリームの原料を台湾のセブンイレブンに輸出し大ヒット中。教授の活躍フィールドは研究室にとどまらない。今後の展望を伺うと、「世界との関わりが強まっていくなか、日本の農業の可能性はさらに広がり制度も変わっていくはず。その移行過程で新たなことに挑戦する人が尻込みしないよう、セーフティーネットを構築することにも力を注ぎたいですね」という。比較制度分析の研究で、人間と制度の関係を知り尽した教授ならではの言葉だ。

Professor
SEMBOKUYA YASUSHI

仙北谷 康教授

秋田県出身。1987年、北海道大学農学部農業経済学科卒業。1992年、鳥取大学農学部助手に。同大在職中の2000年春から約1年間、イギリスで青果物の流通を研究。2001年本学農業経済学分野の助教授に就任。現在、環境農学研究部門 農業経済学分野農業経済学系教授。専門は農業経済学、フードシステム学。ドライブが趣味で、愛車は1967年生まれの英国車トライアンフ TR-4A。

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近年、農業関連産業のグローバル化とともに、流通システムも複雑化・国際化。各国の農業やフードシステムについて調査を行い比較し、問題解決の糸口を理論的に指し示す農業経済学の役割はますます重くなっている。

食料・農業問題を考えるとき、広い視野をもって農業の動向をとらえることが大切。その場合、地道なフィールドワークが大きなカギとなる。資料や統計分析に加え、国内外の農村で多くの実態調査・実証的研究を行う。