帯広畜産大学 特色ある研究の紹介 Focus

特色ある研究の紹介

共同獣医学課程
Veterinary Medicine

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牛の病気の臨床と病理解剖データを集積

めざすのはマーカーの開発による
客観的な診断法の確立

猪熊 壽 教授

 Professor INOKUMA HISASHI
猪熊 壽教授

牛白血病の発症マーカーを検索
若齢発症のメカニズム解明にも着手

産業動物の医療現場ではその大きさと経費の問題から、高度な医療機器を使うことはほとんどない。獣医師が身体検査所見を中心に病状を判断し、治療にあったっているのが現状だ。そうした状況ではそれが本当はどんな病気なのか、結局分からずじまいということも少なくない。そこで個々の経験則に頼らない内科疾患の病態解析と、簡便な診断方法の開発に取り組んでいるのが猪熊 壽教授だ。教授は特に生前の臨床診断が困難な疾患として血液・循環器・神経疾患を研究している。

「牛白血病はウイルス性の悪性腫瘍疾患で、10年前と比べ発生が3倍以上に増加しています。感染しても大部分が発症せず無症状。また隔離や消毒が義務づけられる法定伝染病ではなく届出伝染病であることも、対策が後手にまわり病気がまん延した一因に。リンパ節が腫れるなどの症状を示さない非典型的なタイプは、肉牛として解体されたときに初めて白血病だと分かります。そうなると肉はすべて廃棄。農家は1頭分の収益がゼロになるので、その損失は計り知れません。そこで生前診断できる腫瘍マーカーの検索に取り組みました。血清チミジンキナーゼと特定の遺伝子がマーカーに利用できることを発見。単価が高いためルーチンに用いられるには至っていませんが、すでに現場では利用されています」と、猪熊教授。

また近年増えている若齢発症の牛白血病についても、2015年から研究をスタートさせた。3才以上で感染する通常の牛白血病と若齢発症の遺伝子に違いがあるのか、その材料を集めている最中だという。さらに餌などの飼養環境が遺伝子に影響しているのではという仮説を立て、エピジュネティックス(※)的観点から発症のメカニズム解明をめざしている。
※DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現、あるいは細胞表現型の変化を研究する学問領域。

神経疾患診断を血液などからアプローチ
新興マダニ媒介性疾患はライフワーク

立てない、歩けないといった症状を多く示す牛の神経疾患。脳や脊髄の炎症や腫瘍をはじめ、中毒、代謝異常、栄養不足など原因は色々と考えられる。だが診断にMRIやCTほかの高度医療機器は使えない。病理解剖して初めて最終診断がつくというのが産業動物の現状だ。

「臨床所見と確定診断がリンクしてない今の状況を何とかしたいと考え、体系的な診断方法の構築を試みています。本学では大動物の疾患に積極的に取り組んでいる獣医病理学研究室と連携し、臨床と病理のデータを集積しているところです。さらに診断マーカーの開発にも着手。血液や脳脊髄液など、生きている間にアプローチできる材料での診断をめざしています。診断マーカーが確立されれば治療をすべきか、自然治癒を望めるのかといった予後診断法にもつながるはずです」と、猪熊教授は期待を寄せる。

またライフワークとして取り組んでいるのがマダニ媒介性感染症である。とくにAnaplasma phagocytophilum(以下、アナプラズマ)は比較的新しい病原体であり、不明な点が多いが、10年程前に日本にも存在していることが分かった。

「アナプラズマは欧米では馬・牛の他、人・犬にも感染することが分かっており、日本ではどうなっているのか興味を持ったことが研究のきっかけです。日本にも病原体があることは分かっていましたが、病気を発症した動物はいませんでした。ところが、2014年に茨城県つくば市で犬のアナプラズマ症が見つかり、本学に連絡が。そこで現地では何頭くらいの犬が感染しているのか、どのマダニがが媒介しているのかといった疫学的研究を進めています。病原体のDNA解析を行い、韓国・中国の病原体と近縁だということも分かりました。ただどういう動物が保菌者で、どのマダニがベクターなのかが分からず、感染経路を追究しているところです」と、猪熊教授。

めざすのはマーカーの開発による、客観的な診断法の確立/猪熊 壽 教授

新しい発見を公に発信し
教科書の記述をアップデートしたい

病気の牛を現地で診るのは限界があるので、学内に移送しデータを取ることが基本だ。本学では年間約100頭以上の病気の牛を迎えている。

「十勝エリアには人口より多い40万頭の牛がいますから、教科書でしか見たことのない、稀な病気を目の当たりにすることも。恵まれた立地条件、それこそが本学の魅力ですね」と、猪熊教授。

そんな猪熊教授を研究へと突き動かしているのは、診断精度のアップと獣医学をより正確に精密にしたいという思い。それは教育者という立場になっても同じだ。学生のポリクリ(病院実習)では病気の動物を使い、エビデンス(証拠)に基づいた論理的な診断を指導している。学生が基礎検査とデータから「こんな病気が考えられる」と所見を述べ、それが病理解剖と一致しない場合はなぜ違ったのか徹底的に考えさせる。また大動物の論文が少ないことから、学生には積極的な学会発表と論文投稿を勧めているという。

「新しい事実を見つけたら世に発表するが研究者の務め。それで従来の記述が覆り、教科書を書き換えられたら楽しいじゃないですか」と教授は、顔をほころばせる。さらに「それで日本の畜産をサポートできれば」と、結んでくれた。

Professor
INOKUMA HISASHI

猪熊 壽教授

香川県生まれ。獣医学博士。1984年、東京大学農学部畜産獣医学科卒業。1986年、同大学大学院農学系研究科修士課程修了後、農林水産省へ。入省後は畜産局および十勝種畜牧場勤務。十勝種畜牧場では、肉用牛・乳用牛・めん羊・農用馬の診療と防疫業務に従事。1994年、山口大学農学部獣医学科助手、2003年に教授に。同大学では伴侶動物の臨床に携わる。2005年、再び産業動物に関わる仕事がしたいと本学畜産学部獣医学科教授に。趣味は実益を兼ねたダニ・ノミ・アブなどの採集。

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