事業成果のご報告
本研究は、日本在来馬および障がい者乗用馬の安定的生産と希少遺伝資源の保全を目的として、生体内卵子吸引(OPU)および顕微授精(ICSI)を基盤とした体外受精技術の確立に取り組みました。従来、馬の繁殖は発情周期や排卵に大きく依存していましたが、本研究では1年を通じて卵子回収および受精が可能となる技術体系の構築を目指し、次世代型の生殖補助医療技術の導入・確立を進めました。
その結果、2025年度終了時点において、体外受精による子馬の生産に成功しました。産まれた子馬は「碧林檎」と名付けられ、1歳馬となりすくすくと成長しています。
本成果は、我が国において初めての成功例であり、国内の獣医畜産技術によって馬の体外受精による生産が可能であることを示しました。とくに、日本在来馬である北海道和種の卵子を由来とした体外受精卵の移植によって受胎が成立したことは、希少馬資源の保存および活用の観点からも大きな意義を有する成果となりました。
生体卵巣から採取した卵子の体外成熟、顕微授精、体外培養、胚移植という一連の高度な生殖補助技術を国内で初めて統合的に実施し、実際の子馬生産に結びつけました。この結果から、本技術の実施可能性および有効性を確認しました。
OPU(生体内卵子吸引)について
生体内卵子吸引(OPU)は、卵巣などの小さな器官に経腟で穿刺できる専用のマイクロコンベックスプローブを装着したプローブホルダーを膣から卵巣に接着させ、超音波ガイド下で経膣にダブルルーメン針を挿入し、卵胞液の吸引と洗浄を行います。
通常の超音波診断装置では描出が困難な直径1cm以下の卵胞でも、超音波ガイド下で(黒く描出される)小さな卵胞を穿刺し、あらかじめ温めた培養液で複数回吸引、洗浄を繰り返し、卵子を回収します。
平均すると左右卵巣から30個程度の卵子を吸引し、15個程度の卵子が回収されます。回収した卵子は本研究事業ではすべて顕微授精に利用されます。
■OPUエコー動画
エコーガイド下で卵胞を洗浄し卵胞液(卵子)を回収する様子
体外受精技術の確立
体外受精による動物生産においては、顕微授精後の胚発生および体外培養の成否が極めて重要であることから、本事業ではこれらの工程の最適化に重点的に取り組みました。2024年度に顕微授精法を本格導入した当初は、胚盤胞への発育率は低値でしたが、培養条件の改良および技術の蓄積により、2025年度には体外培養成功率が向上しました。その結果、2025年度末までに桑実胚および胚盤胞を20個以上得ることに成功し、中間成果指標を上回る成果を達成しました。これらの胚の多くは凍結保存し、今後の移植および子馬生産に向けた基盤を整備しました。
体外受精卵の凍結保存については、目標としていた20個以上を達成し、胚盤胞20個、桑実胚2個、8〜16細胞期胚15個を得ました。とくに凍結保存に適した発育段階である胚盤胞および桑実胚が20個確保されたことから、今後の安定的な生産に向けた体制を構築しました。一方で、発育段階のばらつきが認められたため、培養条件のさらなる最適化の必要性を明らかにしました。
本研究事業では並行して、国内の日本在来馬の体内受精卵を大学施設等で凍結保存する実践ケースを検討するために、受精卵を子宮から洗浄回収後、室温で12時間保持した後にレーザー穿孔装置により周囲の硬いカプセルに小さな穴を開けた後に凍結保存した受精卵による子馬生産について検討しました。6個の凍結受精卵を6頭のレシピエント雌馬子宮に移植をしたところ、初回の妊娠鑑定で丸い特徴的は胚の成長を3頭で確認しました。しかしながら妊娠35日までに胚死滅が確認され本事業期間内での生産には至りませんでした。主な要因として、体内受精卵の回収効率が低く、移植に供する胚数を十分に確保できなかったことが挙げられました。また、凍結胚移植後の複数症例において、早期胚死滅となった結果から、ドナー側およびレシピエント側の双方に要因が存在する可能性を示しました。今後は、繁殖牝馬の健康管理および飼養管理体制の改善の重要性を示しました。
研究成果の普及
これらの技術や研究事業の過程については、学会発表や学術論文、ホームページ、新聞メディア、大学関連の事業紹介等を通じて発表・広報を行い、研究成果の普及を行いました。
今後の展望
本技術により、従来は発情周期や排卵現象に依存していた馬の繁殖において、一年を通じて卵子採取および体外受精が可能となり、繁殖機会の制約が大きく緩和されました。また、1頭のドナー馬から複数の受精卵を作出できることから、同一年内に複数の子馬を生産することが可能となり、優良な遺伝資源の効率的な活用および計画的な馬の生産につながることを示しました。
一方で、本技術は現時点において十分に普及しているとは言えず、技術者の育成はもとより、凍結保存胚の利用効率の向上のためのレシピエント雌馬の適正な選択と飼養管理の必要性の普及など、解決すべき課題も明らかとなりました。これらの課題を克服することにより、技術の実用化および普及がさらに進展すると考えられます。
将来的には、本技術を活用することで、障がい者乗用馬や初心者でも安全に乗馬可能な馬など、地域社会に必要とされる馬の安定的かつ効率的な生産、さらに、頭数の減少が懸念される日本在来馬の保全および増殖など、我が国の馬産業および遺伝資源保全に応用が期待されます。

